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運命とはなんぞや 4
「え、じゃああのポテトサラダって種田くんが作ってたの?」
「教わった通り作ってただけですけど、一応任されてました」
「あれ美味しいよねぇー! お酒に合う感じが、普通のポテトサラダとちょっと違って」
お邪魔したシェアハウスの中は玄関ホールから広くて、通されたリビングも明るく綺麗だった。
キッチン寄りにダイニングテーブルが置かれ、部屋のもう半分には大きな薄型の壁掛けテレビを囲むようにソファーやクッションが置かれたくつろぎの場ができている。
シェアハウスと聞いて引っ越し先としてそういう案もあるのかと候補に入れたいところだったけど、さすがにここは豪華すぎた。きっと僕の元家賃より高い。
「てことは料理もできる感じ?」
「そんなにすごいものは作れないです。まかないだったり自炊する分だけ」
「十分できるよそれ」
今は、運んだ荷物を冷蔵庫に詰め終え、コーヒーを出してくれた棗さんにあれこれ聞かれている途中。ダイニングテーブルも立派だ。
一応バイト先でもおつまみを作っていたからできないとは言わない。それでも得意だと言い切れるほどでもないから、あくまでちょっとできるくらいだと告げた。
「住むところの目処は? しばらくは友達の家とか? あ、実家戻る?」
「いや、僕両親も友達もいないんで」
「そうか。それは大変だね。それに寂しいけど……それならちょうどいい話がある」
「ちょうどいい話?」
「単刀直入に言うけど、種田くんここでバイトしない?」
「……ここで、バイト?」
「うん。住み込みでここに住んでるみんなの面倒を見て欲しいんだ」
「面倒、ですか?」
さっきも聞いた面倒という言葉。普通シェアハウスで使うような言葉ではない気がする。
「もちろん全員いい大人だからどういう生活しようが放っておけばいいんだけど、放っとくとご飯とかちゃんと食べなくてね。心配なんだよねぇ。面倒くさがってお菓子ばっかり食べたりするし、みんな夜型だけど生活時間バラバラだし」
1人暮らしを始めたばかりの学生の親みたいな悩みを口にしてため息をつく棗さん。頬に手を当て嘆く姿は、だいぶ思い煩っているようだ。
「でも僕そんなにご馳走とか作れませんよ?」
「種田くんが自分のご飯を作る時に多めに作ってくれればいいので。夕飯だけでいいから。もちろん食費は全部こっち持ちで!」
「……食費は、全部?」
「うん。後は備品というか生活必需品をチェックして買い足してくれるととても嬉しい。一緒に種田くんも生活に必要なものは買ってくれていいから。これももちろんこっち持ちで」
生活必需品を買い足すって、普通に生活していてやることだ。その費用も出してくれるなんて、一体どんなオチが待っているのか。
「最後に一番大事なこと」
たぶんこれだ、と人差し指を立てて息を吸い込む棗さんに注目して。
「朝のゴミ出しを頼みたい」
意外過ぎる言葉に、最初は意味が理解できなかった。朝ゴミを出す。そんな当たり前のことが、どうしてそこまで眉間にしわを寄せたこの人の口から飛び出てくるんだ。なにかからかわれているのだろうか。
「みんな夜型でね。朝ゴミを出すということがとても難しくて……」
「……それだけでいいんですか?」
「いや、それがとっても大事なんだよ。朝は忙しいからなかなか来ることができなくてね。すると、あっという間にゴミが溜まっちゃうんだよ。だから本当に大事」
完全にママだ。みんなのママじゃないか棗さん。この人にそんなに世話を焼かせる住人って一体どれだけダメな人たちなんだ?
「住み込みで、夕飯と買い出し、それとゴミ出し。それで水道光熱費込みWi-Fi付きの家賃がタダでバイト代も出します。あ、共用部分は業者さんに掃除頼んでるからしなくていいし、お風呂は各自使った時に掃除してるからそれもしなくていいから」
「……それって、あまりに僕が得しすぎじゃないですか?」
「でも誰にでも頼める仕事じゃないし、それぐらい困ってるんだ」
好条件すぎて逆に怪しい。住み込みで仕事をするにしても十分な条件なのに、バイト代まで出るなんて悪いところがなさすぎて恐い。
「なんで僕なんですか? 求人で出せばもっと優秀な人が応募してくると思うんですけど」
「うーん、勘? あと、こういう巡り合わせはわりと大事にしたいタイプなんだよね。運命って、あると思うんだよ僕」
こんな条件の仕事、いくらでも引き受ける人がいるはずだ。それなのにどうして今さっき会ったばかりの僕に任せようと思うのかわからない。
訝しむ僕をよそに、棗さんの答えはとてもふわふわしている。勘に巡り合わせに運命。それだったら僕の疫病神説の方がまだ説得力があるくらいだ。
「今思えば、キャベツが転がったのも運命だったのかもしれない」
「あれは袋の詰め方ですよ。コーンフレークの箱の角が袋に穴開けてましたから」
「実はそういうの苦手で」
マンガだったらてへぺろとでも擬音がつきそうなおちゃめな表情をする棗さん。
確かに1人で歩きだと言うのにあの量の買い物をしている辺り、そういうものは得意ではなさそうだ。
「僕ねぇ、仕事が好きなんだ」
どうやら仕事をバリバリするタイプの人のようで、うっとりと胸に手を当てている。あまり心の底から仕事が好きだと言う人に会ったことがないから、たぶん本当にできる人なのだろう。
「だから仕事ができる人が好き。そういう人のためになんでもしたくなっちゃう。だって環境が良ければ仕事もしやすいでしょ?」
「それは、そうですね」
「環境を整えて、いっぱい仕事してほしい。だからその環境作りのお手伝いを種田くんにしてほしいんだ」
「……むしろ願ったり叶ったりです。よろしくお願いします」
「やったー! ありがとう!」
今仕事の理想を語っていた人が両手を挙げて無邪気に喜んでいる。それだけ困っていたのだと思おう。
まあ確かにわざわざ朝にここを訪ねてゴミを出すのも相当面倒なことだ。委託できるものならするのが賢いのかもしれない。
ただ家の中に入らせるのならちゃんと面接をせねばならず、その手間を考えたら一応面識があって逃げようのない僕が選ばれたのもそうおかしな話ではないのか。
ともかく悩みから解き放たれた棗さんは、晴れ晴れした笑顔でよろしくと握手をしてきた。喜んでいるのがありありと伝わる。
「じゃあ細かい契約の書類は明日にして、家の中と住人を紹介するね。今いるのは誰だったかな」
そう言って立ち上がった棗さんは、玄関を挟んでリビングとは反対にある階段に向かった。行動が早い。
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