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運命とはなんぞや 5
「とりあえず2階から行こうか」
壁に沿って途中で90度折れる階段を上って2階へ。
シェアハウスというからには色んな人が住んでいてそれなりに騒がしいイメージだったけれど、今は人がいないのか、全体的に静かだ。
「右に行って突き当りがバルコニー。バーベキューなんかもできるように道具は玄関脇の土間にあるけど、残念ながら今のところ使ってません。その手前のドアのところが防音室」
「防音室まであるんですか」
「うん。部屋にするには狭いスペースが余ったからってオーナーが作ったんだけど。閉めちゃうと暑いからあんまり使われてないみたい」
なんだかさっきから思惑通りに行っていないところが多くて少々悲しい。
きっとここを建てる時にオーナーさんなりに色々ビジョンがあったのだろう。まあ図面で見るのと実際住んで使うのとじゃまた違うのだろうけど。
「で、その隣にある201に住んでるのがヨシくん。中で仕事してる時もあるから、ドアの前では静かにしてほしいのと、基本はドアをノックしないこと」
階段の真正面にあるドアが201で住人がヨシさん。静かさ重視。あとでちゃんとまとめるとして、今はとりあえずスマホにメモしておこう。
「ヨシくんはこう、おっきくて全体的に黒いけど怖くないからね?」
おっきくて黒いというのは人を表す形容詞として合っているのだろうか。たぶん背が高くて服装が黒尽くめとかそういう感じなのだと思う。なんとなく棗さんの表現方法にも慣れてきたかもしれない。
「で、隣の202が空木くん。在宅でお仕事してるからここでもうるさくしないこと」
「2階は基本的に静かにってことですね」
隣までのドアの間隔からいって、2つの部屋とも普通より広そう。ただお隣と違ってノック禁止ではないのか、棗さんは202のドアを軽い調子で叩いた。
「空木 くん、ちょっといいかな」
そして声をかけてしばし、思ったよりも普通にドアが開いた。
「はい?」
「今度新しくここに住むことになった種田くん。僕の仕事を手伝ってもらうことにしたんだー。よろしくね」
「……あー、はい」
そこから顔を覗かせたのは、黒縁眼鏡のお兄さんだった。
僕と同じくらいの身長で、長い前髪を真ん中で分けている。肌の白さと目の下にクマを携えているのを見る限り、確かにバルコニーでバーベキューをやるタイプの人には見えない。
「種田です。よろしくお願いします」
とりあえず頭を下げて挨拶をすると、胡乱気な視線を向けられた。新聞の勧誘を受けている人間がする顔に似ている。
「空木です。あー……小説家やってます」
「小説家さん……」
少しの沈黙は、それを言うか悩んだように思えた。
ただその職業は言われてみれば見た感じにぴったりだ。とても賢そうだし、大人に見える。喋り方からして棗さんよりは年下なのだろうけど、それなりに上だと思う。
「あの、甘いものお好きですか?」
「……え?」
「いえ、頭を使うと糖分が欲しくなるものなのかと思って。どういう甘いものを用意しておけばいいのかなと思いまして。……あの、変なこと言いました?」
棗さんもさっき、放っておくと食事ではなく甘いものを食べてしまうと言っていた。どうせなら先に好みを聞いておいた方がいいかと思っての問いだったのだけど、なぜか空木さんは口元を緩めるように歪めた。それから「んふふふ」とちょっと可愛らしく笑う。
「いや、普通は小説家って言うとどんな本書いてますかとか自分も本好きですとかそういうこと言われるから」
「あ、すみません。聞いた方が良かったですよね。でも僕あまり詳しくないので、その場合中途半端に伺った方が失礼かと思いまして」
「いや、いい、そっちの方がいい。面白いね、種田くん。どこで見つけてきたの棗さん」
「焼き鳥の美味しいお店だよ。前にお土産に持ち帰って来たでしょ。あそこ」
「どこからスカウトしてきてんの」
警戒されていたようだし小説家さんなら少し恐い人なのかと思ったけど、笑うと途端に雰囲気が柔らかくなる。
棗さんとはタイプの違う、綺麗な顔をしている人だ。ただだいぶ疲れていそうだけど。
「改めて、空木です。基本ここに籠ってずっと小説書いてます。締め切り前はちょっとピリピリするかもしれないけど、まあいつものことなんでびっくりしないでね。ちなみに好きなものはプリンです」
「よろしくお願いします。好きな銘柄があったら教えておいてください。買っておきますから」
空木さんは小説家。プリンが好き。と、メモ。
「あ、種田くん、下の紫髪には会った?」
「紫髪? いえ、たぶんまだですけど」
誰のことを言っているのかはわからないけど、そんな目立つ髪の人は見ていない。棗さんを振り返ると、「102の紫苑 くんのことだよ」と説明された。紫苑という名前で紫髪とはまたわかりやすい。
そして改めて首を振って会ってないですと告げると「見つけても近づいちゃだめだよ?」と野犬相手みたいな注意をもらった。
「アレは無節操クズアルファだから、猛獣みたいなもんで優しくされても騙されないように」
どうやら空木さんは102の住人さんとは仲がよろしくないらしい。どれだけ危険人物なんだ紫髪アルファ。
まあ一般的にアルファは優れた才覚を持つがゆえに傲慢な人も多いと言うし、容姿もいい分トラブルも多いのだろう。
ただそういうタイプの人の視線は僕みたいな人間を素通りすると知っている。
「大丈夫です。僕ベータですし」
「ああいう類の奴は性別関係ないから。ちゃんと問題があったら棗さんとか柾 さんに言うんだよ? 俺はただの引きこもりだから力になれないけど、この人なら追い出してくれるからね」
「空木くん、あんまり脅さないであげて。紫苑くんだっていいところはあるし仕事はしてるから」
「棗さんの判断基準がソレなのがちょっと」
空木さんの全力の他力本願っぷりは置いといて、2人の言い方からして注意人物なのは確かなようだ。
それでも棗さん的には、人格に少々問題あっても仕事ができればチャラなのかもしれない。
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