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運命の番はここにいる 4
「どれだけ周りに影響を与えていて、どれだけ周りに必要とされているか証明したかったんだ。俺の番はすごいんだって」
「それを言うなら、僕の番には敵いませんよ?」
「……ダメだ。確かに敵わない。可愛い」
番がすごい自慢なら負けないですよと、目の前にいるかっこいい人の顔を両手で包んで示す。するとそのまま強烈なハグをもらった。
見た目は奇跡みたいにキラキラしていて、あまり俗世に興味ないみたいな顔してるけど、中身は意外と熱くて、でも純粋で繊細で、とても愛らしい人。アズサさんみたいなアルファじゃなかったら、僕はたぶん自分がオメガだということをまだ認められていなかっただろう。戸惑って、色んな対処もできずに良くない方向に進んでいたと思う。
そう思うと、やっぱり運命ってあったのかもしれない。
「ただオファーの件はちゃんと考えておいて。社長直々の話は本当だから。ていうか俺もそうしてほしい」
「考えますけど……まだわからないです、ちょっとあまりにも突然すぎて」
「ん」
将来を考えていないわけじゃないけど、それにしても突然すぎて事態がまだ飲み込めていない。社交辞令だと思うんだけど、それでもそういう方面に進むのもいいかもとは思えた。
今までだったら、それこそあのシェアハウスに拾われなかったら絶対に考えつかない進路だ。
「必要とされるのは嬉しいです。だから、自信持ってアズサさんの番だって言えるように頑張りたいなと思います」
あんなにすごい才能がある人たちだって苦手なことがあるのなら、逆に僕にだって1つくらい得意なことがあってもいいのかもしれないとは思えた。
「んじゃ巴が認めるまで可愛いって毎日言い続けよう」
「それは違いません?」
さすがに僕に対してその言葉の使い方は間違ってると思うんだけど、有言実行とばかりに可愛い可愛いと繰り返されて、慌ててその腕の中から抜け出した。
「あ、オムライス作りますね。お腹空いたでしょ?」
こんなにくっついて耳元で可愛いなんて言われ続けたら、妙な気分になってしまう。アズサさんはもちろん僕もまだ夕飯を済ませていないから、まずはそこから始めなければ。
逃げるようにキッチンに立ち、スープを温めつつ卵を割ってかき混ぜる。するとアズサさんがカウンター越しに覗き込んできた。
「巴が料理してるの見るの好きだな。食欲が出る」
「……食欲が出るならいいですけど」
前後がどう繋がるのかわからないながらも、ポジティブな理由ならいいかと深く考えずにスルー。
「ねえ巴、今度ご両親のお墓参りさせて」
「え?」
だから同じ調子で続いたアズサさんの言葉に、反応するのが少し遅れた。
お墓参り? アズサさんが、僕の両親の?
「俺、挨拶したい。それで、巴はこんなに立派になりましたよーって見せたい」
驚いて顔を上げる僕の前で、優しく微笑むアズサさんの顔が一瞬にしてぼやけて見えなくなる。
「いつでもいいよ。巴が行ける時に紹介して」
アズサさんに手招きされて、身を伸び出した途端伸びてきた手が僕の目元を拭う。それでやっと、自分の頬が濡れていることに気づいた。途端にぼたぼたと涙が落ちてきて、止まらなくなる。
「アズサさん……」
声が震えて、名前を呼ぶだけで精いっぱい。
なんでこんなに泣いてるのかわからないくらい、涙が溢れて止まらない。
卵に入ってしまわないようにとボウルを避けて置いたら、アズサさんが「巴らしい」と笑ってカウンターを回ってキッチンに入ってきた。そして抱きしめて頭を撫でてくれる。
「泣くのは俺の手の届くとこだけにして。可愛いから」
「アズサさんなんでも可愛いって言う……」
「だって俺の番可愛すぎるんだもん」
こんな風に泣いたのいつぶりだろう。覚えてないくらい、気づいたら泣いていなかった。
アズサさんの柔らかい声と優しい手で温かいなにかに包まれている感じがして、自分の涙の理由を悟る。
そっか。僕幸せなんだ。
色んなものがなくなるのに慣れて、それでもなくしたくないものができて、その人がここにいてくれるのがたまらなく幸せなんだ。
それを自覚したら、後から後から涙が溢れて、アズサさんの胸に顔を埋めて声を出して泣いた。
お父さんお母さん。僕、今すごく大好きな人と一緒に、幸せに生きてます。
追伸。
アズサさんが代わりに焼いてくれた卵はとても綺麗で悔しかったので、まずは料理でぎゃふんと言わせるところから始めようと思います。
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