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運命の番はここにいる 3

「え、あれ、そういう……?」 「そういうこと。その話聞いてたから、俺も早く巴と番になりたかった」  僕が隣のアズサさんに視線をやると、同じように優しい瞳で見つめられた。うなじの辺りが熱くなって、手で触れる。  そうか、この2人番なのか。それでこんな感じなのか。普通の社長と秘書の間柄にしてはずいぶんとフレンドリーだと思ったけど、特別な関係なのだとしたら雰囲気が和らいでいる意味もわかる。 「ま、そういう例もあるわけだから、俺はアズサの行動を支持するけど、それと仕事上の損得、人の感情の問題はまた別だし、そういうのは各プロダクションに任せてるから最終決定はわかんないよ。ま、別れられそうになったらそれはその時で」  恐いことをさらりと付け足して、鈴懸さんは両手を合わせてごちそうさまと食事を終わらせた。全部のお皿が綺麗になっている。なんなら隣の棗さんはもっと早くに食べ終わっていたようだ。名残惜しげな視線はポテトサラダの入っていた器に注がれている。 「ところで種田くん。君大学生だったよね」 「は、はい」  もう少し入れてきましょうかと言いだそうとしたタイミングで話しかけられて、返事が若干上擦った。なんなら背筋も伸びた。 「まだ就職先は決まってないかい? それならぜひ我が社を検討してくれ」 「え?」 「この短期間であれだけ面倒な奴らを懐かせたんだ。いい世話焼きだ。少し棗について学べばいい秘書になる」  続いた言葉は思ってもいないお誘いで、間抜けな声が出てしまった。社交辞令というやつだろうか。でもなんでこのタイミングでそんなことを。 「ちゃんとした生活ができるというのは才能だよ。しかもこの前見てきたけど全員顔色がいい。ちゃんと食べることは良いパフォーマンスに繋がる。それをさせられるのは優秀も優秀。十分能力だ。なによりみんな君を褒めていて気に入ってる」  なにか褒められている気がする。 「でも僕は夕飯を作ったくらいで、後はみんなのことであって、僕の成果ではないかと」 「謙遜はいい。そもそもあの偏屈どもを懐かせたのだけで十分成果だ」 「偏屈なんて。みんないい人ですよ?」 「……ほらね。こういう子ですよ種田くんって」  なにがこういうのかわからないけど、棗さんが肩をすくめて、アズサさんも変な顔をして笑っている。どうも僕がおかしなことを言ったらしい。なんなら鈴懸さんも笑い出した。 「その気があるなら、費用はこっちで出すから英語を学んでほしい。海外に行く時に役立つ」  よくわからないまま話が進んでいるけど、まず最初の時点で飲み込めていない僕にはちんぷんかんぷんだ。  英語が大事なのはわかるけど、どうしてそこまで。 「ぶっちゃけ大勢の中で仕事するアルファはパートナーがいた方が仕事がしやすいんだよ。他のオメガのフェロモンにやられる心配がないからな」  そういえばそんなことを藤さんも言っていた。フィジカルでもメンタルでも恵まれていると思っていたアルファでも、そういう心配があるらしい。アズサさんもそんな中で仕事していたのかと思うと、あの飄々とした様子により尊敬の気持ちが大きくなる。大変なこともたくさんあるだろうけど、それを匂わせないのがすごいと思う。 「そういうことだから考えておいて。ごちそうさま。美味しかった」  口元を拭って、それから垂れていた前髪を掻き上げると、社長の顔に戻った鈴懸さんは棗さんを引き連れて帰っていった。  来る時も早ければ去る時も早い。残されたお皿がなければいたことが証明できないくらいあっという間だ。 「大丈夫?」 「……なんか、なにがなんだか」  呆然としている僕の前で手を振るアズサさんの服を掴んで、まばたきを繰り返す。  嵐のように色んなことが過ぎ去っていった。一体なにが起こったんだ。  くらくらしている僕の手を握ってソファーに導いたアズサさんは、僕を抱えるように座って額をくっつけてきた。アズサさんの温度で少し気持ちが落ち着く。 「つまり、巴の仕事が認められたってこと」 「僕の仕事?」 「全員が顔合わせて飯食べるとか、なかったんだよ今まで。仲悪いわけじゃないけど、自分の興味が第一だからさ。その興味が巴に向いてるのがすごいことなんだよ。実感ないんだろうけど」  なんにもピンと来ていない僕のほっぺたを摘んで、アズサさんは眉を下げる。 「謙虚なとこは魅力だと思うけどちょっと鈍すぎだし自己評価が低すぎる。だから2人に会わせたんだけど」 「え、どういうことですか?」 「だって巴が、俺の自慢の番のことをものすごく誤解していて、なんの取り柄もないとか言うから」  拗ねた顔して頬にキスされて、なんにもないですと返すと逆側にキスされた。

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