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運命の番はここにいる 2

「あ、アズサさん?」  頭が混乱して、説明を求めるようにアズサさんを見上げる。するとアズサさんは珍しく困ったように肩をすくめた。 「もう一回ちゃんと巴のことを上の人に話しておこうと思ったら……ちょうどこの人たちが来てて、直接話したいって」 「ええっと、棗さんが今『社長』って」  棗さんは、みんなが所属している会社を束ねているグループ会社の社長の秘書と言っていた。その秘書である棗さんが『社長』と呼ぶのがこの人なら。 「鈴懸(すずかけ)グループの御曹司。で、アロゾワールのオーナー」  その名前はさすがに僕でも知っている。主にエンタメ系の場所でよく見るけど、提供のCMとかも見るし、ホテルでもそういう名前を見る。あのファッションショーの現場でもたくさん名前を見た気がする。それぐらい周りに当たり前にある名前。そこの、社長?  雲の上の人すぎて、目の前にある姿に結び付かない。  でも、じゃあ偽名の鈴くんは鈴懸の、鈴ってこと? 「な、なんで中学生なんて……?」 「社長だなんて名乗ったら本性出ないからなー」 「普段は若く見られるの嫌がるくせに、たまにそういうくだらないお遊びをするんだから」  それこそ中学生みたいな無邪気な顔で笑う鈴くん……鈴懸さんに、棗さんが深々としたため息をつく。  あの場で弟だなんて名乗った時にヨシくんの反応が妙だったのはそういうわけか。  じゃあ僕、反応を見られてたってこと? なんで僕の? 「……急で驚くよな。でも、こういう人だから必要以上に緊張しなくて大丈夫。巴なら大丈夫だと思って連れてきたから」  呆気に取られている僕をなだめるように、アズサさんは優しく背中を撫でてくれる。でもそれは過剰評価だと思う。大丈夫なところなんかなにもない。  新品とはいえ下着もシャツもアズサさんのものを着ているし、家で料理を作って待ってしまっていたし、明らかに会社の社長に見せられる状態ではないと思う。そもそもここに僕がいること自体、怒られることをしているというのに。 「あ、なんか作ってる。俺も食べたい」 「この後会食あるの忘れないでくださいね」  そこのところは特に触れないまま、キッチンを覗き込む鈴懸さんに、丁寧に諭す棗さん。2人でいるとあのふんわり棗さんがつっこみ役なのが珍しい。 「ねー種田くーん、食べたいなー。ちょっとだけでいいから」  若く見られるのが嫌だと言うわりには、最大限に自分の可愛さを使っている気がする。  顔の前で組んだ両手を右に左にと振りながら上目遣いで僕を見てくる鈴懸さんに、なにを断れようか。 「……じゃあ小さいオムライス作りますね。棗さんはどうしますか」 「えー食べたい……」 「棗さんも小さいのにしますね。あ、そうだ。ちょうどポテトサラダ作ったんでそれもどうぞ」 「やったー!」 「アズサさんはどうしますか」 「……後でゆっくり食べる」  ヤケになって、オーダーを取って夕飯作りで気を落ち着かせることにした。たまたま作っていたポテトサラダはわびさび直伝だから喜んでもらえるだろう。というか普通にわくわくされている。  とりあえず卵を焼いてチキンライスを包み、ケチャップをかけた。それとサラダとスープ。すべてミニサイズだ。ほとんど使われた形跡はなかったけど、食器が食器棚に入っていて良かったと思うのは初めてかもしれない。  2人とも大会社の社長と秘書とは思えないほど純粋な表情でご飯を見つめて、しっかり「いただきます」と食べ始めた。こんな2人だからこそ、あの渋い焼き鳥の店を好んで来ていたのかもしれないと思った。 「経営方針というか個々のタレントのことはそれぞれの会社に任せてあるから俺は口を挟まないんだけど」  そんな中、大口を開けて食べたせいで口の端にケチャップをつけたまま、鈴懸さんは唐突にそんな話を始めた。  むしろ、わざと肩ひじ張らない状況を作りだした上で話し出したのかもしれない。  キッチンカウンターのイスに座り手持無沙汰で食べる2人を見ていた僕は、突然のことに姿勢を正す。  ちなみにアズサさんも隣に座っているけれど、身長が違うとはいえ、同じイスに座ってどうしてこうも足が余っているのか意味がわからない。ただただかっこいい。 「個人的には、運命だと思った番は絶対に捕まえとくべきだと思ってる」  前置いたのは、会社の社長としてではなく鈴懸さん個人の意見だという念押しだろう。  運命、という言葉でちらりとアズサさんを見ると、アズサさんも僕を見ていた。それを確認して、鈴懸さんはスプーンを置き、その手を隣の棗さんの肩に回して引き寄せる。 「俺は迷わず噛んで良かったと思ってるよ。そのおかげで一生涯のパートナーができたから」 「苦労はします」  力強く微笑む鈴懸さんと、少しだけ苦みの混じった、だけど優しい笑みを見せる棗さん。  棗さんは番持ちだと聞いた。そして一生涯のパートナーだという鈴懸さん。

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