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運命の番はここにいる 1
起きてからまずしたのはシャワーと洗濯。
洗濯物が溜まっていたから一気に洗ってしまった。さすがにアイロンは持ってきていないからシャツのしわを伸ばすことはできないけれど、元からしわのできにくい素材のものを買っているらしく適当にハンガーにかけたり畳んでしまっておいた。
目に見えて汚れてはいなかったけど軽く掃除もして、たまにアズサさんの香りのするベッドでごろごろして、アズサさんの家を堪能してしまった。
仕事の合間にちょっとずつという感じでアズサさんから連絡も来たし、空木さんにも連絡をしておいた。事の経緯と、今日も泊まっていくことを簡単に報告しておく。
いないと寂しいというお言葉をもらったけど、夕飯はピザを摂るんだそうだ。心なしか声が弾んでいた。
ピザはピザでいいけれど、毎日そうさせるわけにはいかないからこっちはこっちで早く帰らなくては。また野放図に戻ってしまう。
ともあれ一通りの家事が終わったら、最後に料理に取り掛かる。ちなみにピザの話を聞いて羨ましくなったから、遅めのお昼はピザトーストを作って食べた。
どうやら最初からアズサさんの家の冷蔵庫に入れるために多めに食材を持ってきていたらしい。開けたら思った以上に色々揃っていて驚いた。
とりあえず夕飯のために作ったのはオムライス用のチキンライス。炊飯器で作って保温してあるからいつでも温かいものを用意できる。本当は帰ってきてから作っても良かったんだけど、お腹が空いていたらすぐに出せるようにこっちにした。ただしある程度すると焦げちゃうから気をつけて。
サラダは、柾さんが切っておいてくれた野菜がちゃんとサラダ用として冷蔵庫に入っていたから使わせてもらった上でわびさび仕様のポテトサラダも作った。スープも作ったし、ちょっと摘むようにナゲットも作ってみた。あとは作り置きの惣菜をいくつか作って冷蔵庫に詰めておいた。
気分は1人暮らしの息子を訪ねた母親だ。
あとは卵で包んでオムライスを完成させるだけ、といったところで玄関から鍵の開く音がした。アズサさんの帰宅だ。
「おかえりなさい! お疲れ様……です」
我ながらわんこみたいだなと玄関に小走りで向かって声をかけたけど、入ってきたのはアズサさんだけじゃなかった。
「やあ、ただいま」
一番に入ってきたのは見覚えのあるスーツ姿の人。後ろに同じくスーツの棗さん、アズサさんはその後で、家に入ってきた途端ハグで確保された。
「……おかえりなさい」
「ただいま。ごめん、急に人連れてきて」
ぎゅっと抱きしめられて、驚いてドキドキしている心臓が別のドキドキに変わる。
「見せつけんなって。取って食うわけじゃないんだから」
先にリビングに向かったスーツの人が顔を覗かせて茶化してくる。そういえば人前でこんなにくっついていいのだろうか。
ただ心配の前に、楽しげにかかったその声を聞いて1番に思い浮かんだのはシェアハウスのリビングとゲーム。
「ん、あれ、もしかして鈴くん?」
「わはは、気づいた? そうだよ、種田くん。久しぶり」
オールバックだった髪をくしゃくしゃ崩せば、そこに鈴くんが現れる。紫苑さんの弟さんがなんでここに?
「なんで鈴くんがスーツで……っていうか『わびさび』の『免許の人』ですよね?」
「なんだ、今気づいた?」
「え、だって全然違うので」
棗さんと並んで思い出した。いつも僕の元バイト先である『わびさび』に、未成年じゃない証拠に店長に向けて免許を突き付けていたスーツの人。確かによく見れば顔は同じだけど、雰囲気が違ったから気がつかなかった。
「店では中学生には見えなかったって?」
「全然。だってオーラがあって、すごく仕事できる人なんだろうなって思っていたのでそんな若いとは……いや、若いんでしょうけど」
「なんだ君は。満点だな。はなまるあげよう」
なんだかわからないけどはなまるもらった。
そうか。そうだな。冷静に見れば同じ顔だ。でもシェアハウスにいた時は格好がもっとラフだったし、それを思い出すより先に「紫苑さんの弟」を名乗られたからすっかり信じてしまっていた。
「『すずくん』って、なんですか社長」
「ん? この前言っただろ? 潜入捜査したって」
家主よりも先に家に入ってリビングを見て回っているスーツの鈴くんは、とても楽しそうに辺りを点検している。棗さんはいつものにこにこの表情ではなく、呆れたような大人の顔だ。
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