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ラブ・ファイア 7
「ん、んっ……アズサさん、そろそろ寝た方がいいんじゃ……っ」
「やだ」
がっつくようにして1度2人で達した後も、アズサさんは睡眠を選ばなかった。
それどころか、今日初めてするみたいに性急に奥へと突き上げられ、火照った体に再度火を点けられる。
「寝るのは後でもできる」
「でも、あっ、疲れちゃう、からっ」
激しく突き上げられ揺さぶられて声が跳ねる。1度した後だから、気持ち良さに達するまでが早い。
それでも温泉の時のヒート状態と違って、理性が少し残っているから厄介だ。
アズサさんが僕の反応を見て与える刺激を変えていることとか、乾いた唇を舐めるセクシーな仕草とか、そういうところに気づいてしまうから始末が悪い。恥ずかしくなって、それが気持ちよくなるよろしくない循環が起こっている。
「巴の可愛い声聞いた方が元気出る」
「あっ、ン……そんなこと、言われたら声、気になる……っ」
本来ならもう寝かせた方がいいんだろう。きっと明日だって撮影が詰まっているはずだ。そうじゃなくても毎日お疲れなんだから、無理させちゃいけない。
だけどアズサさんは止まる様子がないし、僕だってアズサさんと離れたいわけじゃない。
ぶっちゃけ、僕だって触れることに飢えていた。
アズサさんから与えられる幸せな気持ち良さは、1度知ったらなくなることが耐えがたく、寂しい。だから少しでも多く触れていたい。
「みんなに気遣われたし、巴にも寂しい思いさせたから、頑張る」
「あっあ、も、ふあっ、そんな急に……イっちゃう……!」
「我慢、しなくていいよ。俺もしない」
ただ、もしかしたらそんな心配いらなかったかも。いや、心配するのは我が身だったかも。
止まることを知らない美しい獣は、僕が何度イっても許してくれず、ただただ気持ちよさの天井を更新し続けながら夜がどれだけ長くて短いかを思い知らせてくれた。そりゃもうたっぷりと。
疲れ果てていつ寝たかもわからないまどろみは、優しいキスで破られる。
柔らかなキスの雨で目を覚ますと、キラキラと光る天使みたいな人が目の前にいた。
目を開けた僕を見て優しく笑うから、つられて微笑む。もしかしたら天国なのかもしれない。
「おはよ、巴」
その天使から放たれた爽やかな挨拶に、まばたきで返事をする。それさえも正直だいぶしんどい。
「疲れた?」
「……正直、立ち上がれる気がしないです」
自分の声が枯れているのがわかる。昨日、というかほとんどさっきまで、声を出しすぎたせいだ。しかも普段出さない類の声だったから、今が違って聞こえる。
そんな僕の様子に、アズサさんは小さく笑って僕の髪を優しく梳いた。
「じゃ、もう少し寝てて」
「でも、アズサさんもう仕事行くんじゃ……」
「うん、だから寝てて」
寝かしつけるように優しく頭を撫でられ、落ちそうなまぶたを無理やり開ける。このまま寝てはいけない。
やたらと輝いているアズサさんは、どうやらもう出かける支度を済ませているようだ。だったら早く着替えないと、と思うのに、体が重い上に起き上がろうとするとアズサさんに止められるから体力がどんどん減っていく。
確かにもう少し惰眠を貪りたい気持ちはある。体はとてもだるい。だけどアズサさんが仕事に出かけるのなら、出なければなるまい。
「アズサさんが行っちゃったら鍵が……あ、オートロック?」
むしろ一緒に出てはまずいのか。タクシーを呼んで時間差で出るべきか? でも鍵をかけなきゃいけないのなら、僕が先に出ないといけない。
「いいから寝てて」
頭があまり働いていないせいで取り止めのない算段を、アズサさんは柔らかく止める。
「せっかく来たんだし、今日は早めに帰ってくるから」
「え?」
それはつまり、今日はここにいてということだろうか。
ここでアズサさんの帰りを迎える?
そりゃあ昨日1回食べたくらいじゃまだ心配だし、ちゃんと食べさせたいとは思っていたけれど。
「それにさ、正直最近寝不足だったんだけど、巴がいてくれたらぐっすり眠れると思うんだよね」
違う。迎えるだけじゃなくて、今日も泊まっていけの意味だ。
畳み掛けるようなアズサさんの物言いに、段々と頭が起きてくる。
つまり今日はここにいて、アズサさんの帰りを迎えて、ご飯を食べて、泊まって一緒に寝ると言うこと?
「……今日は大人しく寝ます?」
「巴が望むならどちらでも」
「寝てくれるなら、います」
抱き枕にならいくらでもなろう。むしろ今は抱き枕になるくらいしかできないかも。
昨夜は1週間分くらい触れ合ったし、変な気にもならないだろう。睡眠は大事だ。……ただ寝てないのに今日のアズサさんはやたらとツヤツヤしているから、あまり睡眠が必要なタイプじゃないのかもしれないけど。
「じゃあ夕飯、なにが食べたいですか?」
「巴の作ってくれるもんならなんでもいい。けどオムライス食べたい」
「了解しました。じゃあ、作って待ってますね」
卵はまだ昨日のすき焼きで使った分が残っていたはず。炊飯器も持って帰っていなかったから、お米も炊ける。
他にもなにか作っておこう。そう考えるとわくわくしてきた。
「じゃあまた今晩」
「あの、アズサさん」
なんとか起き上がった僕の額にキスを落として、アズサさんは踵を返した。その手を取って、軽く握った。
ずっと離れていたというのに、会って触れたらもうこれだけの別れが寂しい。
「大丈夫。今日はちゃんと電話するし、寂しいのは俺も一緒」
なんで僕の言いたいことがわかったのか、不思議に思ってまばたきを繰り返すと、アズサさんは優しく笑った。
「好きだよ巴。いいこにして待ってて。頑張ってくるから」
「待ってます。……いってらっしゃい」
「いってきます」
ベッドの中から見送って、玄関のドアが閉まる音まで聞き届けて、ぱったりとその場に倒れる。
とりあえず……もうちょっとだけ眠ろう。
目が覚めたら行動開始だ。
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