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幸せな証拠
「暁、手洗いに行ける?」
「うん…」
「うわぁ…改めて見ると、凄いな。しっかり洗わないと…行こ?」
「うん…」
洗面所に一緒に行って
俺の手、ゴシゴシ洗ってくれる
「暁、気持ち悪くない?」
「ないよ」
「優琉も、気持ち悪いよね。俺、自分で洗うから、シャワー浴びて来て?」
「暁の手、洗ってからね」
俺の手洗って、しっかり拭いて
「さて、ちょっとだけシャワーで流して来る」
「うん…」
「暁、今離れて大丈夫?」
「うん…でも、ここで待ってていい?」
「ふっ…恥ずかしいけど、いいよ」
「うん…」
優琉が、服を脱いでシャワーを浴びに行く
悠兄が言ってた
1人暮らしで、お風呂とトイレが別になってるとこは、結構いいとこだよって
洗面所の入り口の壁に、よしかかる様に座り込む
いいとこが、どの位で
普通が、どの位なのか
病院も施設も悠兄の家も
広過ぎて落ち着かなかった
自分の部屋ですら、そんなに広さはなくても
整然とされてて、落ち着かなかった
しばらくの間
自分の部屋の、机とベッドの間の隙間に、よく座ってた
自分の生活の場は
ずっと狭くて、乱雑に物が溢れてて
それが俺の暮らしてきた場所だったから
「ふぃ~…お待た…せ……暁…なんで、そんなとこ座ってるの?!」
「?…変だった?ごめん」
凄いびっくりさせちゃった
立ち上がると…
「変じゃないけど…」
「普通、こんなとこ座らないんだね?悠兄の家では、座った事なかったけど、おかしな事なんだね」
「おかしいって言うか…ちょっと…びっくりするかな」
「うん。びっくりさせて、ごめん」
服を着た優琉が、傍に来て
「お待たせ、暁。向こう行こ?」
手を繋いでくれた
「うん」
手を繋いだまま、優琉とベッドに座る
「暁、教えて?」
「何を?」
「ああいうとこ座りたい時って、どんな気持ちの時?」
「どんな…気持ちの時か、分からないけど…狭いとことか、隅っことかに座ると、落ち着く」
「そっか。隣にランドリーワゴン置いてあったもんね?落ち着くんだ」
優琉…おかしな俺の事
知ろうとしてくれてる
「俺が住んでたとこはね、凄く狭くて、ごちゃごちゃしてた。きっと、優琉が見たらびっくりする。でも、それが…俺がずっと生きてた場所だったから…」
「うん。暁にとって、安心出来る場所なんだね?」
「そんなに、いい思い出があった訳でも…凄く安心出来た訳でもないのに…」
「それでも、暁が何年もの間、色んな事感じて…考えて…生きてきた場所だからね」
「……うん」
小さな小さな部屋の
小さな小さな世界で
「おかしくても何でも、暁が安心するなら、俺と一緒の時は、何処に居たっていいよ。でも…俺が隣に居る時は、こうやって手を繋ごう?そしたら…安心しない?」
「する…」
「うん。俺も…暁が安心すると、安心する」
優琉の優しい笑顔と
優琉の優しい声と
優琉のあったかい手と
不安な時…寂しい時…
繋がってないと
不安で…不安で…寂しくて…
そういう事しないと
あの、大きなものは、どうにも出来ないと思ってた
自分でコントロール出来ない位、大きなものは
痛くて、苦しくて、気持ち良くなって意識を手放さないと、なくならないと思ってた
手を繋いでるだけなのに
こんなに穏やかで、安心して居られる
「暁?どうかした?」
俺が、じっと優琉を見てたら
優琉が、心配そうに聞いてきた
「ううん…優琉は、魔法使いみたい」
「魔法使い?それは…いい魔法使い?」
「うん……ありがとう」
沢山伝えたい気持ちあるけど
きっと俺は、上手く説明出来ないから
「ふっ…良かった。暁を、喜ばせる魔法使いなんだね?」
「うん」
「もっともっと、いっぱい喜ばせてあげるよ」
「ううん…もう、いっぱいだもん」
「だって、暁と居たら幸せだもん。暁と居たら、暁を喜ばせたくなっちゃうよ」
「………ありがとう…優琉…」
いっぱいいっぱい、ありがとうを伝えたい
優琉みたいに、凄く俺も幸せなんだって伝えたい
きっと、ありがとうだけじゃ、全然伝わってない
けど、優琉みたいに、いい言葉が見付からない
表現の仕方が、分からない
でも…
「…いっぱい…ありがとうって思ってる…ほんとに、いっぱい…優琉みたいに…嬉しくなる言葉…使えないけど…ほんとにほんとに、幸せで…いっぱい、ありがとうって…」
「暁…」
優琉が、抱き締めてきた
「暁…大丈夫。伝わってるよ」
「上手く…伝えれなくて…」
「暁が…一生懸命伝えようとしてるの、伝わってる。だから…どれだけ思ってくれてるか…伝わってる。伝わってるよ…暁…ありがとう」
「うん…」
言葉で…上手く伝えれなくても
一生懸命は…ちゃんと伝わるんだ
下手でも、一生懸命伝えよう
いつか…優琉みたいに
聞いたら嬉しくなる事、言える様に…
「電気、消すね?」
「うん」
ピッ
「真っ暗じゃない方がいい?」
「ううん…真っ暗で大丈夫だよ」
「暁…抱き締めたまま、寝てもいい?」
「うん」
優琉の胸の中…
安心して眠くなる
「せっかく暁と寝るから…いっぱい話しながら寝ようって…思ってたのに……眠くなってきちゃった…」
「うん…俺も……」
「おやすみ…暁…」
「おやすみ…優琉…」
綺麗で清潔で
優しくて暖かくて
お腹いっぱいになって
好きな人と眠れる
こんなに贅沢でいいのかな
全部貰っちゃっていいのかな
でも、もうそれに戸惑う事なく
居心地悪くもなく
純粋に喜んでる自分に安心する
「先生~。そがわ君が臭いです」
「そういう事を言わない!」
「だって、ほんとに臭いんだもん!」
「臭いで~す」
そんなに俺…臭いのかな
臭くて、迷惑かけてた
「曽川君、お家でお風呂には入れてるかい?」
「たまに...シャワー」
「たまには、どれ位かな?」
「分かんない…あんまり考えてない」
「毎日シャワー浴びると、お母さんに怒られるのかな?」
「?分かんない。怒られるの?」
「いや…ほら、水道料金とか、ガス料金とか、かかるからさ」
「お金かかるなら、怒られるかも」
「そっか…」
「先生~。そがわ君、臭くて勉強出来ませ~ん」
「そういう事言うの、やめなさい」
「じゃあ、先生隣になってよ」
「曽川君は、毎日シャワー浴びたくても浴びれない環境なんだ。曽川君が悪い訳じゃないのに、そういう事を言うもんじゃないよ」
「え~~?」
「貧乏!」
「貧乏!貧乏!」
「貧乏はいいよな!人に迷惑かけても、許されるんだな!」
「学校来るなよ!シャワー浴びた日だけ来いよ!」
シャワー浴びた日だけ
そうか
そうしたら、迷惑かけないのか
「あ?なんでお前居んだよ?」
「お帰り、母さん。臭いから、シャワー浴びた日だけ来いって。何日に1回位浴びればいいの?」
「知るか!勝手にしろ!」
「でも、先生が言ってた。シャワーは、水道料金とかガス料金かかるって。毎日じゃない方がいいでしょ?」
「じゃあ、2、3日に1回にしろよ!めんどくせぇな!」
「分かった…」
2、3日に1回にしたら、タオルがなくなった
「先生…洗濯機の使い方、教えて下さい」
あ…
昔の夢、見てた
小学校に入ったら
突然沢山の人達が居て
皆、よく喋る人達ばかりだった
小学校1年生で、洗濯機の使い方を教わり
ようやく、汚れた物は洗濯出来る様になった
家の中から、少しだけ汚れた物が減った
だけど、俺が干せる所なんて限られてて
ちゃんと干せてなかったり
半乾きだったり
くんくん
優琉の服…いい匂い
こんなに、いい匂いのする物を
着た事はなかった
これが普通なら
俺は、相当汚くて臭い子供だったんだろう
古いアパートには、よく色んな虫も居て
夏は暑く、冬は寒かった
寒い冬は
1人で寝るのが
夏よりずっと辛かった
そっと優琉から離れて
ベッドの上に座る
もう、あの頃ではないのに
あの頃の俺が泣いていて
夢を見て思い出すと
たまに...
堪えられない気持ちになる
「…っ…っ……」
もう、遠い昔の事なのに
今は、幸せなのに
「…っ…~~っ…っ…」
今、泣く意味が分からないけど
泣きたくなる
「…っ…っ…」
「暁?」
あ…
優琉…起きちゃった?
「暁…何処?泣いてるの?」
「ここ…大丈夫だよ」
優琉に、手を伸ばす
「暁、起きてたの?電気点けていい?」
「ううん…もう寝るから」
電気点けたらバレちゃう
再びベッドに潜り込む
「暁…どうしたの?怖い夢見た?」
「ううん…」
「なんで…起きてたの?」
「ちょっと、目覚めちゃったから…」
「暁…抱き締めていい?」
「うん」
泣きたくなる
今が…幸せであればある程…
あの頃の俺を思うと
泣きたくなる
だから…
俺が泣きたくなるのは
今が、幸せな証拠だから
だから、大丈夫だよ…優琉…
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