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第32話 ブラジル人
悠里は梶さんのマンションへ引っ越し、2ヵ月後の口述式試験の勉強に入った。
悠里は筆記試験に見事に合格したのだ。
勿論それはΩ史上初の快挙だった。
3月にある口述式試験の対策として、梶さんは悠里に裁判所へ傍聴しに行くように言ってくれた。
法廷が開かれていれば、事前に申し込まなくても誰でも傍聴することができる。
悠里は裁判というものに関しては、紙の上で勉強しかしてきていないド素人だった。
Ω専門法務士に求められる能力は専門知識だけではない。
論理的な思考力があったとしても相手に伝える力がなければ意味がない。
毎晩寝る前、梶さんが口述の問題を出してくれ、それに悠里が答えた。ダメなところは容赦なく指摘され、改善点と反省から新たな答えを導く練習を繰り返した。
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傍聴しにいった裁判所からの帰り、電車で居眠りをしてしまった。降りる駅を間違え、1度も下車したことのない駅で降りた。
その日は時間もあったので、初めての町を散策してみようと思いつき、昭和の雰囲気たっぷりの、昔ながらの商店街を悠里は歩いた。
下町の古い商店は、豆腐屋や八百屋、魚屋さんが今でも現役で営業しているようで、見ているだけでも楽しった。
歩道で外国人と揉めている人がいた。
よく聞いてみると日本人は英語で話しているが、外国人はポルトガル語で話している。
なんとなくその人たちの方を見ていると、外国人に見覚えがあるような気がした。
彼は悠里が前に住んでいたアパートの、隣の部屋の元住人、ミゲルだった。
多分そうだろうと遠目に判断したので、何か助けになれるかと思って近づいていった。
向こうも悠里に気がついたようだ。
「ユーリ!ユーリ!いいとこきましたね」
ミゲルは悠里に手招きをした。悠里は傍まで歩いて行った。片手をあげてミゲルに挨拶し、話をしていた日本人の方に会釈した。
「何かトラブルでもありましたか?」
悠里は日本人の男性に尋ねた。
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築40年は経っていそうなビルの二階に悠里は案内された。そこは小さな法律事務所だった。
「ありがとうございました。英語だったら何とかいけるんですが、ポルトガル語はちんぷんかんで……」
ミゲルと話をしていた日本人は法律事務所の弁護士だった。
年齢は40前後だろうか、梶さんとは似ても似つかない風体の男性で、一見弁護士には見えなかった。
無精ひげに、くたびれたスーツ、散髪もあまりしていないように見えた。
ブラジル人のミゲルが相談に来たんだけど、話を聞いた上で『弁護士が入る問題ではない』と判断をしたということだった。
ポルトガル語で通訳している内容から、その相談事の中身は、ミゲルに非があるようなご近所トラブルに思えた。
夜中まで騒いでいて隣の住人ともめたそうだ。
他の弁護士をあたってみてもいいかもしれないけど、相談料金取られると思うよと悠里が付け足すと、彼はお金かけるほどの問題ではないと、急に自己解決をして帰って行った。
初回相談無料のこの事務所を見つけて、ミゲルはふらっと入ってきたようだった。
彼は最近まで悠里のアパートの隣に住んでいた。
最初はもう少し静かにしてくれとか、夜中に騒ぐなとクレームを言いに悠里は彼の部屋へ行ったのだが、何度か顔を合わせるうちに打ち解けてしまい友達のような関係になった。
隣人だった期間は4年。その間に何度もパーティに誘われた。たわいもない会話をしたり、日本のルールやマナーを教えたりした。
ある時日本語を教えていると、逆に自分もポルトガル語の勉強になることに気がついた。そして外国語の勉強のため親交を深め仲良くなった。
騒音は耳栓でなんとかクリアすることにした。
ポルトガル語を話せるようになると、自動的にスペイン語も覚えられた。フランス語も似ていたのでなんとなく聞きわけられるようになったら、まさかの中国語までわかるようになっていた。という、ポルトガル語は謎のお得感のある言語だった。
通訳をした後、その日本人弁護士に、自分は法律の勉強をしていますと悠里が説明すると。
「よければ事務所にきてお茶でもいかがですか?」
悠里は彼に誘われた。
彼の名前は飯田健介(いいだけんすけ)。
以前は、貧困、その他の理由で私選弁護人を選任できない人の国選弁護人をしていたらしい。
しかし、国が助けるという事に懐疑心を持っていて、相談へはこられない人が世の中には一定数いる。
本当に助けが必要な人ほど助けを求めにこないという現実があることに気がついた。
そういう人達が、他の選択肢を持てるようにと個人で事務所を開いたと飯田弁護士は説明してくれた。
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