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第33話 飯田健介

飯田弁護士はドラマや映画の中の高級スーツに身を固める、高層ビルの奇麗なオフィスで働くかっこいい弁護士とは違って、どちらかというと庶民派の、義理人情に厚い町内会長のような雰囲気の人だった。 事務所は、昔懐かしい感じのレトロな喫茶店と花屋が入っている古びた3階建てのビルの2階にあった。 「マルチリンガルってあまり見かけないから、若いのにすごいなぁと感心したよ」 そう言って飯田弁護士はにこやかに話しかけてくれた。 向かい側に座って、はいと返事をする。 下がった眉に三日月形の優しそうな目、顔のパーツはそれぞれ整った形をしている。 初めは士業を生業としている人には見えなかったので、少し身構えてしまったが、よく見ると髪型をなんとかしたらこの人もイケメンの部類に入るのかもしれない。 何でも話してしまいそうな親しみやすさも、この人の持ち味だろうと思った。 「法律の勉強っていうのは、君は弁護士とか法曹界を目指してるってことであってる?学生さんかな」 飯田弁護士はそう訊いてきた。 質問に答える義理はないが、法曹を目指すものとして、先輩の意見を聴けるかもしれないので、悠里は自己紹介をした。 「しっかり話せるのは、日本語と英語だけです。その他の言語は日常会話程度です。Ω専門法務士の口述式試験をこの3月に受ける予定で勉強しています。学生というものが、どこかの学校に通っているという意味であれば私は独学で学びましたので学生ではないです。ただの無職です。大学に行っていないので学歴不問のΩ専門法務士の資格取得を目指し、今勉強している最中です」 長すぎたかなと思いながらも自己紹介した。 「口述ってことは1次試験は受かったんだ……すごいな」 飯田先生は頷きながら、何かを考えているようだった。 「プライバシーの侵害に当たるし、答える必要はないけど。後学の為にききたい。君のバースはΩ?」 言葉に詰まってしまった。 単刀直入にバース性を聞かれたのは生まれて初めてだ。 普通の人なら怒るだろう。失礼だし差別に値する。 「答える必要のない質問と前置きして、その答えを相手に求めるのは何故なのか。後学のためにとつける人にろくな人はいない。聞きづらいことを好奇心を満たすために「後学のため」と付け足せば何でも答えてもらえると思ったら大間違いである。君は頭の中で、今、そういうことを考えていると思う」 僕が何も言わなかったので、飯田先生は僕の考えを代弁したかのようにそう言った。 この人は先を読むのが得意で、思ったことをすぐに口に出してしまうタイプなのだろう。 おしゃべりというか、良く言えば裏表がない、悪く言うと無神経。 梶さんはどちらかというと言葉には出さない。 思ったことを吟味し戦略を練り、自分のペースに引きずり込みとどめを刺すタイプだ。 この人とは正反対の弁護士だと思った。 飯田先生は続けた。 「悪い癖でね、私はおしゃべりだから話しながら考えをまとめていくタイプなんだよね。君は知らないだろうけど『昔、刑事コロンボ』というアメリカのドラマがあってね。私はその主人公が大好きだったんだよ。真似してたらこんな感じの話し方しかできなくなったんだ」 コロンボの事は知らないが、おしゃべりな刑事が主人公というのは珍しいドラマだなと思った。 飯田先生は、ニュートンのゆりかごのカチカチ動く振り子のようにのように話し続けるので、悠里は相槌を打つだけで精一杯だった。 「うちの事務員さんから『口は災いの元ですよ!』って良く怒られるんだけど、そうやって注意してくれる人が今産休に入ってしまっていてね。どうも私ひとりじゃ駄目みたいだ。止めてくれる人がいないから、ついつい余計なことまで口走っちゃってね」 そういいながら、ははっと笑った。 「という訳で事務員さんが今いなくて、えっとあと2ヵ月は帰ってこないんだ。で、その間だけアルバイト募集してるんだけど、悠里くん。あ失礼、佐倉さんうちでバイトしない?」 突拍子もない提案に、悠里は困惑した。

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