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第34話 相談

帰宅した梶さんに、今日あった出来事を報告する。 少し変わった弁護士さんに会ったんですと話し始める。 「アルバイトをしないかと誘われたけど、少し考えさせて下さいといって帰ってきたんです。プライベートにどんどん踏み込んでこられそうな気がして、ちょっと合わないかなと思いました」 悠里はその場で断るつもりだったが、飯田弁護士がしゃべり続けるので、断るスキを与えてもらえなかった。 梶さんに意見を聞いてみてからでもいいかもと思い、返事を先延ばしにして帰宅した。 それに対し梶さんは悠里の目を見て 「バース性を聞かれて、悠里はどう感じたの?」 と質問してきた。 「悪い人ではないだろうが、少し軽率だなと感じました」 正直に感想を述べた。 社会的弱者のための法律事務所を開いたことは凄いと思う。『正義感や責任感が強い』とは思うが、彼に弁護士としての資質が備わっているかどうかは疑問だった。 梶さんが笑いながら頷いて言った。 「そうだな普通はそう考えるだろうな……」 悠里は、梶さんの『普通は』という言葉に少し引っかかった。 「アルバイトの件は自分で決めたらいい」 梶さんはそう言うと続ける。 「口述の勉強になるから、法律事務所でアルバイトできるのは悠里にとってプラスだと思う。だけど、そこの事務所である必要はない。悠里が合わないと思えば無理やりやる必要はないと思うよ」 よいアルバイトだと思う。だが、いやいやなら行くなという事だ。 梶さんは『そんな変わったことを言ってくる弁護士の事務所なんかでアルバイトするな』と言ってくれると思っていた。 悠里は何らかの形で、法務に携わるアルバイトを探したいと思っていた。 他の法律事務所を探して無償で働いてもいいが、何せ自分は教えてもらわなければ仕事は何一つできないだろう。 どこの事務所も忙しいだろうから、足手まといになったら申し訳ないと、法務関係のアルバイトを探すのに二の足を踏んでいたところだ。 来てほしいと言ってもらえるのは有り難い。 「弁護士の資質というのは、法の知識を有しているのは当たり前だが『冷静である』『根気強い』ことが大切だ」 梶さんはそう付け足した。 考えてみると少しの事で感情的になったり、激高しやすい性格の人には向いていないといえる。 はっと考えついた。 もしかしたら飯田弁護士に試されていたのかもしれない。 悠里が頭に血が上がりやすいタイプで自らがブチ切れたりするような人物だったら、仕事はできないだろう。 弁護士としての適性を見、テストを兼ねてわざと僕に失礼なことを投げかけたのかもしれない。 梶さんはそれが言いたかったのか。そこまでに考えが及ぶと、とたん、飯田さんは有能な弁護士なのかもしれないという気がしてきた。 勉強になるかもしれない。 梶さんと話をして、自分の将来のためになる選択として飯田弁護士の下でアルバイトをしてみたいと悠里は考えを変えた。 「悠里が法律事務所で働くようになったら、今までのように食事を作ってもらったりはできないだろうな」 梶さんは残念そうに悠里の頭を撫でた。 家事は今まで通りにこなすつもりでいたし、男性2人分くらいの食事作り、苦でも何でもなかった。 「もう少しの期間だけ、口述式試験が終わるまでは無理しない方がいい。後悔しないように自分の事だけ考えて試験に挑んで」 そう梶さんに言われた。 そして帰宅時間も、自分と前後するかもしれないから、夕食は外でとってくるよと言われた。 梶さんが悠里のためを思って言ってくれているのはわかるが、それはなんだかとても寂しい気がした。 一緒に暮らすようになって分かったことだが、梶さんは悠里の考えに反対をしないし、自分の意見を押し付けることもあまりない。 それが間違っている時にだけ助言する形で、悠里が自ら導き出せるように話を進めていく。 これは彼の流儀なのかもしれないけど、自分の方が我儘を言っている気がして少し心苦しくなってくる。 最初は半強制的に、と言っていいほど強引な手で同居に持ち込まれた感があった。『この人のいいなりにはならない、自分を見失わないように意思を強く持って行動しよう』と。悠里は思っていた。 だが、実際の梶さんは人にとやかく指図しないタイプだった。 自分の思ったように動けばいいと、放任主義な感じが悠里を少し動揺させた。 自分がどんどん梶さんに夢中になっていることは明らかで、梶さんがいない生活なんて、もう考えられなかった。 そしてその夜、梶さんの肩に顔をうずめるように悠里は眠りについたのだった。

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