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第42話 水の魔王(3)

 4ー3 ありえない。  「ありがとう、テシガアラ。いや、ハジメ」  僕がテシガアラの手からパンを受け取ろうとすると彼は、それを僕の口許へと差し出してきた。  ええっ?  僕が驚いていると彼は、笑顔で僕に言った。  「はい、あーん、して」  僕が戸惑っているとテシガアラは、ぐいっと僕の唇にパンを押し付けてきた。  僕は、諦めて口を開いた。  テシガアラ、いや、ハジメは、自分の手からパンを食べている僕を見て満足げに頷いた。  ラクウェル兄のもとから救出されてからしばらくの間、みんなは、僕に腫れ物に触れるように接してきた。  けど、テシガアラとリリアンは、違っていた。  「ずっと言いたかったんだが」  テシガアラは、僕に告げた。  「俺のことは、ハジメと呼んでくれ」  なんでもテシガアラというのは姓であって、名前は、ハジメというのだという。  そして、それからハジメは、僕の世話をかいがいしく焼くようになった。  王城から連れ出された僕は、けっこう酷い状態だった。  全身にアザやら傷があり、誰がみてもわかるほどの凌辱の跡が刻まれていた。  ラグナック学園長は、治療名目で僕を隔離した。  それは、他人の好奇の目から僕を守るためだった。  ハジメとリリアンは、そんな僕のもとに毎日通って僕を励ましてくれた。  ハジメにいたっては、赤ん坊の世話を焼く親のようだった。  食事のすすまない僕に手ずから食べさせてくれたり、気力のない僕の体を洗ってくれたり。  なぜか、そんなハジメのことをリリアンが生暖かい目で見守っていた。  「レリアスお兄様が幸せなら私は、よいのです」  リリアンは、僕の手を握って微笑んだ。  「例え、相手がどこの馬の骨であろうとも、レリアスお兄様が愛してしまったのなら応援いたしますわ」  はいっ?  僕は、かぁっと顔が熱くなってしまった。  「そ、そんなこと、ぼ、僕がよくてもハジメが」  「あの男は、レリアスお兄様一筋ですから安心なさって」  リリアンがなぜか自信満々に言い放つ。  なんで、リリアンにそんなことがわかるの?  魔法学園の支援をしてくれている貴族の中には、その子息子女をハジメの伴侶にしようと考えている者もたくさんいるし。  よりどりみどりなのに、なんで、わざわざ傷物の僕を選ぶんだよ?  それに、僕は、ハジメより6歳も年上だし。  何より、彼にとって僕は、この世界に無理矢理連れてきた憎むべき相手だ。  ハジメが誰を選ぶにしても、僕だけは、ありえない。  

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