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最終話
圭が泊まった朝は慌ただしい。制服に着替えるのも一苦労で、なぜか部屋を散らかす。まるで子どものように手がかかり、その煩わしさも愛しい。
普段は児童福祉施設で寝泊まりをしているが、昨日は外泊が許されたので一泊しただけなのに嵐がきたように部屋を荒らされてしまう。
脱ぎっぱなしの靴下やシャツを拾い集めていると鞄を肩に下げた圭が振り返る。
「じゃあ行ってきます」
「弁当持ったか?」
「忘れた!」
圭は慌ててテーブルの上に置いてある弁当箱を鞄に詰めた。栄養バランスを考えて、潮見が作ったものだ。
春から圭は近くの高校に通うようになった。
児童相談所と相談し、勉強よりも集団生活に適応していくことを優先するべきだ、と主張され、潮見もその意見に賛同した。
自分の目の届かないところにやるのは不安だったが、学校側は圭の事情を理解してくれ、受け入れてくれたので任せるしかない。
制服を着た圭は少し背が伸びたこともあってか、大人びてみえる。ネクタイの結び方は雑だが、それもこれから覚えていくだろう。
曲がっているネクタイを直してやると、圭は嬉しそうに綻んだ。
「しおは仕事?」
「午後からな」
潮見はピザガーデンの正社員として雇用して貰えることになった。収入も安定し、保険も適用されてくるので、暮らしは随分と楽になった。これも奥田の懇意のお陰だ。
「今日も泊まりたい」
「外泊は一泊しかできない決まりだろ」
「しおは淋しくないの?」
本音を言えばずっと一緒にいたい。でも圭の今後のことを考えると自分の鳥籠に入れて置くわけにはいかないことを理解していた。それだとあいつと同じになってしまう。
ぐっと奥歯を噛んで耐えているのを圭は知らないのだろう。
くりくりと目が近づき、の首に腕を回して引き寄せられると、あっという間に唇が重なった。その甘さを堪能する暇もなく離され、圭は逃げるように玄関を飛び出した。
「……やられた」
一体こういうことはどこで覚えてくるんだ。
昨晩の情事が頭を過り、余計に体温が上がる。あれから何度も身体を重ねているというのに、未だに初心な自分に笑える。こういうところは圭の方が一枚上手なのかもしれない。
でも年上としてうかうかしていられない。
「今度、覚えてろよ」
次は絶対に寝かせない。どうやって苛めてやろうかとシュミレーションしながら、洗濯物に取り掛かる。
あの時言っていた山野辺の「生きる意味」の答えに漸く辿り着いた。
愛する人と共に、これからの時を過ごしていく。辛いことも、嬉しいことも手を取り合って一緒に乗り越えていく。
それが潮見の答えだ。
代用品として生まれた自分に、圭は意味を与えてくれた。小さくも強い圭の存在をこれからも感じていきたい。
ベランダに出ると春の心地よい風が頬を撫でていく。桜の花びらが一片、窓枠に降りてくる。
春の空はどこまでも青く綺麗に澄んでいて、二人のこれからを祝福しているようだった。
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