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scene 0. 悪癖

 まるで洞窟のなかのようなアーチ型の天井を見上げながら、テディは自分に覆い被さる男の背中に、指を喰いこませるようにしてしがみついた。  肩越しに、更紗模様のカーテンの陰からこっちを覗いている数人の人影が見えている。皆タンクトップ姿か下着を一枚穿いているだけという裸同然の恰好で、ビール片手に自分の順番が来るのを待っているのだ。  ひとときの相手を探して彷徨(うろつ)いている男ばかりのこの空間だが、テディのような見目の良い、まだ少年と呼んでも違和感のないような若い青年の姿はあまりない。トゥインクが好みの男たちはテディが入ってきた瞬間から目をつけ、此見よがしに自慢の勃起した男根をくっきりとさせていた。  店に入ってすぐのところにあるバーカウンターで、金曜の夜の相手に選ばれようとモーションをかけてくる男たちのなかから最初テディが選んだのは、四十代くらいのあまりぎらぎらしていない、品のいい男だった。  その男は声をかけてきて、テディが迷うような素振りをすると視線を落とし、カウンターテーブルの陰でこっそり小指と薬指を折った手を見せてきた。三万フォリント出すというサインである。テディはそれをちらりと見やり、(オーラル)でするだけかと尋ねた。男が首を横に振ったので、テディは話にならないといった態度で外方を向き、そこから離れようとした。  男はを逃すまいと慌ててテディの肩を掴んで引き留め、指を五本にして見せた。  商談が成立し、テディと男はバーエリアを抜けて洞窟のような店内の更に奥のほうへと移動した。通路には抱き合ってキスをしていたり、ビール片手に往き交う客を眺めている男たちの姿があった。その値踏みするような視線をやり過ごし、テディは男と一緒にとても個室とまでは呼べない、薄いカーテン一枚で区切られているだけの小さな部屋に入った。  ベッドというには幅の狭い、長椅子のような台にタオルシーツが敷いてあるだけのその場所で、テディは男の陰茎を口に含み、そのあと抱かれた。  ほんの十五分程で事を済ませ、男は約束通り五万フォリントをテディに渡すと、満足そうに去っていった。 「――あんな淡泊なおっさんじゃ物足りないだろ? 次は俺とどうだい、坊や」  カーテンの隙間から順番を待っていた男が声をかけてくる。テディは少し迷ったが、「さっきの人に小遣いたくさんもらったし、落とさないうちに帰らないと……」と云ってみた。 「へえ……いくらもらったんだ?」 「七万フォリント」  そう云ってちら、と男の顔を見上げる。男はしばらく考えていたが、やがて頷いて部屋のなかに入ってきた。硬いベッドの上でまだほとんど裸だったテディに伸し掛かり、さっきまで男のものを受け入れていた場所に手を延ばす。 「……ほんとに七万くれるの? やり逃げはごめんだよ……あと、ちゃんとスキン使って」 「ああもちろん。……ま、そのぶんたっぷりと愉しませてもらうがな」  男はそう云ってテディの躰を撫で、首筋に吸いついた。胸の突起を指先で捏ねまわし、まだ敏感なままのテディの反応を愉しむと穿いていたショートパンツと下着を脱いで、自分の猛っているものを右手で扱く。テディが起きあがって、さっきの男のものよりも大きなそれの前に坐りこみ口を開くと、男は頭を引き寄せ生温かい舌に包まれる感触にあぁ、と声を溢した。  腿に手を添え舌を使いながら顔を動かすテディの頭上で、男が部屋の外に向かって手招きをした。唇を湿しながら入ってきたもうひとりの男の気配にテディがはっとして顔をあげる。背後にまわった男と自分を見下ろす男の顔を交互に見て「ふたりでなんて聞いてない」とテディが首を振ると、男は「払うぶんは愉しませてもらうと云ったろう」と云ってにやりと笑った。  ぐいと腕を引いて背中を押し、腰を抱えあげて薄く色づいた窄まりを指でなぞると、男は備えつけてあるポンプを二、三度押してとろりとした潤滑剤を手に絡め、テディの中を確かめるように探り始めた。こりこりとした部分をみつけぐっと圧してやると、テディが身を捩り声を溢した。指を抜き、スキンをつけてもう一度ローションを手に取り、その手で自身を握りこんだままぐぐっとテディの体内に埋めていく。 「は……ぁっ、あぁ……」  尻を突きだすようにして(うしろ)から犯されながら、シーツを掴み伏せていた顔を顎を掴んで上向かされる。そこに、小さな茶色い小瓶を持った手が伸びてきた。ポッパーズとかポップなどと呼ばれているそれをテディも知っていた――筋肉を弛緩させ、性的興奮を高める媚薬のような効果があるため、セックスドラッグとして使用されているものだ。  テディはやばい、と思ったが、そのときにはもう嗅がされてしまっていた。途端に躰に力が入らなくなり、躰が熱くなってふわふわするような感覚に陥ったと思ったら、今度は濡れそぼった怒張で口をこじ開けられる。 「うぅっ……」 「ほら、ちゃんとしゃぶれ」  背後から揺さぶられている状態で、うまくそれができるはずもない。男はテディの顔の傍にどかっと坐り、頭を掴んで上下させ始めた。後ろの男は脱力して崩れ落ちたテディの腰をもう支えようともせず、ベッドに手をついてひたすらインナウトを繰り返している。  声をだすのを妨げていた、頬張らされていたものがいったん離れたと思ったら、また小瓶を嗅がされ、同時に後孔を抉るスピードが速くなった。 「ひぁっ……、やっ、あんっ、あぁっ……!」  ――そこから先の記憶は曖昧だった。気がつくと両脚を抱えあげられ、誰かがその間でまだ腰を打ちつけていて掠れた声で喘がされているのがわかったが、ちらりと見えた顔はさっきいたふたりのどちらでもなかった。  朦朧とする意識のなかで、いったいどれくらいぶっ飛んでいたのかと眉を顰め、いま自分を犯している男は何人めなのだろうと思う。  ずぷずぷと抽挿を繰りかえす男がテディの脚を抱え直し、膝裏を押さえながら更に激しく腰を動かす。深く突かれ小刻みに責められて、テディは漏れる声を抑えることもできず、湿ったシーツを掻きむしった。  怠い体を無理遣りに起こし、テディはまたが来る前にさっさと去ろうと服を着た。  靴を履く前に右足のソックスを脱いで、そこに隠しておいた札を取りだし、ちゃんと五万フォリントあるのを確かめるとジーンズのポケットに捩じこむ。だが、覚えていないあいだのぶんはともかく、ふたり同時に相手をさせられたぶんの七万フォリントがどこにも見当たらないことに気づき、テディは舌打ちをして額に手を当てた。  もっとも、こんなことは初めてではなかった。諦めて溜息をつき、脱ぎ棄ててあったシャツを取り袖を通すと、胸ポケットの中でかさりと音がした。  そこには三万フォリントと、折りたたんだメモが入っていた。  テディは眉をひそめ、それを開いた――『ふっかけるのも程々にな。そのうちもっと酷い目に遭うぞ』と、そこにはそう書かれていた。  いっそ五フォリントも置いていかずに逃げられたほうがましだと、普通なら思うだろう。ご丁寧にジョークにもならないような額を置いていくことによって、おまえの値段などひとり一万五千フォリントくらいのものだと莫迦にされたのだから――しかし、それで頭にきて札を床に投げつけるような真似は、テディはしなかった。そんなプライドは、もう何年も前に失くしてしまっていた。  テディはほとんど表情を変えることもなく三枚の札を手のなかに握りこみ、ポケットに突っこむとその場所を後にした。

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