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月色の少年①

 豊沃、夏野荘では相も変わらぬ村同士の小競り合いが続いていた。  いつも取るに足りない理由でいちゃもんをつけてくる敵方は、少し遊んでやれば大抵は散って終わる。    だが今日だけは事情が違っていた。  味方のはなった投石のひとつが敵の頭領の弟に命中し、運悪く弟が亡くなった。その後激昂した敵が夏野荘になだれ込み、大混乱に陥ったのである──。 ◇◇  闇よりも深い夏の夜に、既望の月が浮かんでいる。  その月を見上げながら透夜(とうや)は足早に木々をかき分けていた。  混乱の夏野荘から命からがら逃げてきたが、追手はすぐそこまで来ている。  常ならば透夜のごとき子供一人見過ごされてもよいのに、敵は味方を多く殺された憎しみで我を忘れていた。 「……っは、……っはぁ、……」  透夜はずくずくと痛む心臓を襟ごとぎゅっと握りしめた。  生まれつき脆弱な体がこんな時はなおさら憎らしい。怪我した足を引きずりながら、どうにか命を保ったまま森を抜けた。抜けてしまった。 「いたぞ、あれだ!」  しまったと気づく頃にはもう遅かった。隠れ蓑にできた森は既に塞がれている。行く手には広大な草地しか見えなかった。  月夜とはいえ視界はおぼつかない。どこに逃げてよいのかも分からない。   敵が刀身を引き抜く音を聞いたとき、透夜はついに悲鳴を上げた。  それは敵を喜ばせ、ひひひと痛ぶるような笑い声が追り来る。 「助けて、助けてっ、と……」  とうさん、そう呼ぼうとしたが声にならない。父も母も姉も、とうに凶刃に斃れていた。  孤独。  ほんの少し前までは、あんなにも幸せな家族のもとにいたのに。  いっさいの味方がいない、知らない場所で己は死ぬのか。やっと14を数えた歳で。  惨めさと恐怖で胸の痛みはますます酷くなる。呼吸は苦しく、目の前はかすんだ。 「もう……」  もう、いい……。  疲れはて命を手放しかけた時、ふと目の前に蜜色の月が舞い降りた。 「えっ」 「……おおお!」  月が咆哮する。それはまだ高い少年の声だった。  淡色の髪が舞い踊る。細い手首から繰り出された白刃が天から地へと振り下ろされる。  肉を断つ音、ばきと骨を砕く音。くぐもった男の断末魔。 「あ、……」 「隠れていて? 左源、こっち!」  月のような少年が手を上げる。すぐ松明を手にした人影が追ってき、透夜は一歩後ろに退いた。 「若っ! ご無事ですか」 「へいき」  左源と呼ばれた男が少年と透夜を背に庇う。その左源が長槍で敵の一人を討ち取る頃には、十は下らない数の味方が敵を取り囲んでいた。 「……ぐっ!」  勝機がないと悟ったか、敵は包囲の外側へと攻撃を変えた。一人が敵と刃を交える脇を他の者どもがすり抜ける。やがてみな夜の闇に消えていった。 「追うか?」 「ならぬ、深追いはするな」  味方の問いかけに左源の声が重なる。

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