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月色の少年②

 一難が去り、促されるまま透夜が連れてこられたのは、岩場に敷いた夜営の中だった。  ぼんぼんと燃え盛る焚き火の側にへたり込む。ホッとするうちにだんだんと、胸の痛みは和らいでいった。  隣にしゃがんだ月の少年をぼんやりと眺める。  そして驚いた。  少年の体がぶるぶると小刻みに震えていたからだ。  よく見れば顔色は悪く見え、視線は血に染まった自身の掌に注がれている。   なぜだろう。透夜は不思議に思った。  さっきはあんなにも気丈に透夜に指示を出し、左源に平気だと言ってのけたのに。  震えながら見つめるその手の汚れは、透夜をかばって斬った男の返り血だ。 「……!」  まさか、とハッとした。 「おまえ、人を殺すの、初めてだったんじゃないか……?」  問えば少年の細い肩がビクッと震え、ばっとこちらへ振り向いた。  そこで透夜は二度目の驚きを得た。  見開いた少年の瞳が、猫のように美しい緑色をしていたからだ。  青ざめた頬と額には、しかし冷や汗が滲んでいる。 「……大丈夫かよ」 「だ、大丈夫。僕はみんなの頭領だから。……だから、大丈夫」  よく分からない理屈を言って、下手くそに笑む。どう見ても大丈夫そうには見えない。 「きみこそ、大丈夫? 凄く苦しそうだったけど」  そういえばさっき、少年は『若』と呼ばれていた。幼いながらに凝った意匠の鎧兜も身につけている。  それでようやく事情が飲み込めた。この少年はどこぞの名家の子息で、今は慣れない戦場に頭領として担ぎ出されているのだと。  それが野営の最中に透夜(子供)の悲鳴を聞きつけ、危険を省みず飛び出して来たのだろうと。  透夜は他に聞こえないようボソボソと耳打ちした。 「俺のことはいいから、休めよ。横になれ」 「……」 「オイ聞いてんのか」 「そ、……僕が不安そうにしていたら、みんなも、不安になっちゃうから」 「──」  子兎のように可愛いらしい顔立ちに、猫の目。歳はハッキリとは分からないが、己より歳下に見えた。  そんな子供が初めて人を殺めた恐ろしさに怯えている。 「……何に」  何に怯えて?  神仏?   死んだ者の家族?  あるいはそう、自分自身に──?  透夜はそっと少年の体を抱きしめた。そうしなければ壊れると思ったから。  抱きしめたまま、他からは見えないよう岩陰に隠した。  触れてみれば、どうやってあんな太刀を振り下ろしたのかと思うほど華奢な体躯をしていた。 「俺しか見てないから、いいから休め」 「……っ、……」  はからずも手を汚させた罪悪感に後押しされたのか。透夜自身にも分からぬまま、その細い背中を上下にさすった。 「……っ、う……っぅ、……」  ようやくとけて流れ出した嗚咽と、時おり苦しげにえずく喉。  ──なんだ、このガキ。  とんとん、とくん……。  ふいに胸の奥から優しく小突かれたような気がして、透夜はうつむき、唇を噛んだ。   かつて巣から落ちた雛鳥を拾い上げた日のことを思った。守りたい、絶対にこの手で守り抜きたい。  他の者には指一本、触れさせたくない。  湧き出る思いの意味も分からぬまま、透夜は己の神に誓いを立てた。

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