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嫁入り?①

◇◇  古来より脈々と続く誉高き羽山の一門。  その主家の次男である(あき)が、13歳の初陣のさなかに孤児を拾い上げた。  そんな『心優しき羽山の若』を彩るためのかっこうの美談として、透夜の名は瞬く間に下々にまで知れ渡った。  噂されるのは好きではない。しかしそれで暁の名声が上がるのならば透夜は嬉しかった。  保護された後は羽山一門の従者に召し抱えられ、まずは馬の世話を負った。その傍ら、戦時の備えに弓の手ほどきを受けもした。 「透夜!」  暁が城中の格子窓からこちらに手を振っている。  透夜は馬の体を洗う手を止め、一心に手を振り返した。 「あき!」  不思議な縁で繋がれた主従は、いつしか互いを透夜、あきと呼びあう間柄になっていた。  月夜には月そのものに見えた暁は、明るい空の下ではまるで太陽のように輝いて見えた。  緑色の目を持つ者は一族の中に暁のみだ。  かつて白拍子をしていた暁の祖母が、異人の血を引いていたためだという。  ほとんど発光しているかに見えた髪の色は、昼間に見れば淡い茶色をしていた。陽に透けるとキラキラと光を弾いて見る者に黄金の実りを思わせる。  この世にこんなにきれいな人間がいるのか。 とても口には出せないそんな言葉を、そっくりそのまま暁の口から聞かされた時には、激しく焦って胸の発作を起こしかけた。 「は、俺がキレイ? おまえ何言って、ゲボッ……!」  ちょうど城の中庭で握り飯を馳走になっている時だったので、思わず米粒を吹き飛ばした。 「ええ、みーんなそう言ってるよぉ? え、言われたことないの!?」  田舎の農村の男子など、美しくても物の役に立たない。女子ならば多少の使い道もあったろうが。 「はいお茶」  暁から差し出された碗を受け取りごくごくと飲み干した。 「だってさ、透夜の髪ってすっごくキレイな茶色だよね。肌だってとても白くて、それにその目。まるで露草に、紫色の雨があたったみたいだ──」  暁の熱視線が真っ直ぐに見つめてくる。:淡紅藤の小袖に天色(あまいろ)を重ねた直垂(ひたたれ)姿の暁は、いつも以上にまばゆかった。  透夜はなんだか腹の辺りが落ち着かなくなり、あちらに目を逸らした。 「そ、いえばねーちゃんだけは、なんかキャーキャー言ってたような……」  三つ年上の姉は、透夜は女装が似合うなどと言っては『そら、この格好で地主の息子をたぶらかしてこい!』だのとけしかけてくる人だった。散々におもちゃにされた悪夢が蘇る。 「おもしろーい! お姉さんとは僕気が合いそう。残念だなぁ、亡くなってるなんて」 「うう、思い出したくなかった……」  尚そのあと、本当に地主の息子に惚れられた透夜は押し倒されるわ婚姻を求められるわ散々な目に遭い、バレた後は一家揃ってこっぴどく叱られた。(ちなみに地主の息子は世を儚んで出家した)  などということは絶対に暁には言えなかった。 「はぁ……。けどおまえ、さっきみたいのはもうやめろよ?」 「えっなにが」 「だから、俺の目の色が露草に紫の雨がどうした、とかさ。そんなの女に言ってみろよ、勘違いされるぞ。ほとんど口説き文句だろ」 「いや口説いてたんだけど……」 「ああ?」

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