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第4章 売り言葉に買い言葉

   *  アパートへ帰り着くとぼくは自室の床にカバンを適当に置いて、フローリングの冷たい床に寝転んだ。何をするでもなく白い天井を眺め見た。  スマホから着信音がする。画面を見れば、芝谷さんだった。  また? と思いながら、ため息をつく。  前回、彼女の電話を無視した。すると大学の友だちや航大には教えていないSNSで嫌がらせのコメントが来た。それだけじゃなくぼくを誹謗中傷するメールやLIMEのメッセージが大量に来たのだ。  ブロックやミュートをしたり、迷惑メールの報告をした。が、何かしらの手段・方法を取って彼女は、ぼくに接触してくるのだ。   画面をタップしてスマホを耳に当てる。 「はい、村山です」 『……またなの』 「『また』? 芝谷さん、今度は何なの?」 『……しらを切らないでよ。また航大に近づいたんでしょ。あんたが朝、航大のマンションから出てくるのを見たんだからね』  タイミングが悪いなと思いながら、身体を起こす。 「何、航大をストーカーしてるわけ? 嗅ぎ回るのが得意なんだ、犬みたい」 『違う! 憂はただ……航大と、もう一度話がしたかっただけで……』 「きみと航大は友だちでもなんでもないでしょ? そもそも、きみが航大に別れを告げたんだ。きみが航大以外のアルファの男とラブホに入っていくのを、ぼくだって見たんだからね」 『それは……っ!』と芝谷さんが言葉を詰まらせる。 「きみが本当にアルファの男と浮気をしていようが、個人的な事情があってデリヘル嬢や風俗嬢をやっていようが、ぼくには関係ないよ。きみがどんな人間かなんて興味ないし、どうでもいい」 『村山くん!』 「でも、きみのせいで航大はひどく傷ついたんだよ? どれだけ、ひどいことをしたかわかってる? それなのにつきまといみたいなことをして、航大の親友であるぼくにも嫌がらせをするなんて、どうかしているよ」 『うるさい!』  芝谷さんが大声で叫ぶので、スマホを当てていた左耳がキーンとする。左目を思わずつぶる。 『あんたが全部悪いんでしょ! 航大の親友だなんて嘘ついて、隣りにいて、卑怯者はどっちよ!?』 「責任転嫁しないでくれるかな? たしかにぼくは航大のことが好きだよ。でも、彼にセクハラをしたり、無理矢理性的な接触をとったことはない。彼が嫌がることを一度だってしていないんだよ。いちゃもんをつけないで」 『いちゃもんじゃないわよ! あんたの目が気に食わない。気持ち悪いのよ! 航大は憂の彼氏なの。憂のアルファ(もの)なのに、物欲しそうな顔をして……憂がいなくなったからって、航大のことを逆レイプしたんじゃないの!?』  一瞬、何も言えなくなって口を(つぐ)んだ。  手にしているスマホをギュッと握りしめる。 「そんなこと、するわけないでしょ。もし、航大とぼくが夜をともにして、恋人やセフレ関係になったとしても、きみが口出しすることじゃないよね。だって、きみは航大の彼女じゃない。友だちでもなんでもない、ただの他人なんだから」 『マジウザ。ベータっていつもそう……オメガがどれだけ大変か知りもしないで、アルファが大切な存在かわkらないくせに、偉そうなことばっかり言う! 村山くんは、憂のことを見下して、馬鹿にしてるんでしょ!』 「馬鹿にされるような態度をとっているほうが悪いんじゃないの。これ以上ぼくや航大に何かするんだったら、警察や弁護士を」  突然ピコンと音が鳴って電話が切れる。  これ以上、芝谷さんを刺激するのはよくない。言うべきことは言った。  いつもだったら、なんだったの? で済むことが済まない。イライラムカムカする。胸の中が真っ黒でドロドロしたものでいっぱいになり、溢れかえる。  ぼくはスマホを操作し、芝谷さんに電話を掛け直した。 「話の途中なんだけど、いきなり切るってどういうこと? 礼儀がなってないね。そんなんだから航大とも上手くいかなかったんじゃないの?」 『キモ、うっざ! いちいち掛け直してくんなし』 「はあ? 最初に掛けてきたのは、そっちでしょ? こっちだって言いたいことが山ほどあるんだけど!」 『そんなの憂は知らないし! 航大の周りをうろつくなよ。目障りだってわかんないの? さっさと消えろよ、ホモ野郎』 「何、喧嘩を売ってるの――」  そうして、ふたたび電話が切れた。  再度掛け直すものの出ない。ブロックをされたようだ。  それなのに芝谷さんの悪意に満ちた、呪いの言葉が書かれたメッセージやメールが大量に届く。  唇を嚙みしめ、ぼくはカバンを手に取り、外へ飛び出した。

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