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第5章 バチ当たりな嘘つき1

   *  メッセージを送った男は、ものの五分も経たないうちに来た。  が、SNSに載っていた爽やかな好青年ではなかった。というか、どう見ても大学生という見た目ではない。  どんなに若く見ても五十過ぎの風貌だ。  昔は女泣かせのイケメンだったスーツに身を包んだイケオジや、レディファーストが得意であるダンディーな見た目のおじ様とも違う。  目の前にいる男は――白いヨレヨレのティーシャツ(醤油だかソースが襟元に付いている)を着て、膝の部分に穴が空いたボロボロのジャージ、汚れた便所サンダルといった格好をしている。フケのついた白髪混じりの頭に、顔の半分を覆う黒い無精ひげ、ギトギトの脂がついたメガネをしている肥満体型のおじさんだった。  ドン引きするどころじゃない。何の間違いだろうと現実逃避をしてしまう。  男が至近距離までやってきた。剥製や標本をじっくり値踏みするような目つきで、ぼくの頭の先から足先までを観察する。  むわっと男の体臭がする。タバコとアルコールの混ざったいやな臭いに思わず顔をゆがめる。 「秋くんだよね? うわー、写真詐欺のブ男かと思ってたけど、プロフの写真よりずっとかわいいね。会いに来て正解だ」 「あの、ソウジさん……ですか?」 「うん、そうだよ」 「なんだかプロフの写真とずいぶんイメージが異なる気が……」 「ああ、あれ。三十年以上前の写真なんだ。ここ最近の写真が見つからなかったから、大学時代のを使ったんだよ。今はいいね、昔の写真を今風に加工できるから」  そうして男は機嫌よく笑った。 「チェンジ」と言わなかったぼくを、だれか褒めてくれ。 「でもモデルみたいに美人やイケメンっていうわけでも、芸能人の美少年みたいにかわいいわけでもないのが、残念なところかな。まあ、一介のベータだから仕方ないか。せめて雰囲気が推しのアイドルや俳優に近ければ、興が乗ったんだけどな」と男が残念そうに、ため息をついた。  初対面の相手に容姿をディスられた。 「あんただけには言われたくないんだけど。身なりを整えるのが先じゃないの?」と言いたくなってしまう容姿をしている相手から。  なんて礼儀知らずで失礼なやつだろう! と怒る気も失せる。  想定外の出来事が続き、ぼくの頭は考えることを放棄した。  男に向かって曖昧な笑みを浮かべる。 「わざわざ来てくれて、ありがとうございます。ただ――先ほど、アルバイト仲間が急な体調不良を起こしてしまったと連絡が入りました。夜間はその人以外シフトに入ってないし、代わりに入る人も見つからなくて、店長からヘルプに入ってほしいって頼まれたんです」  適当にそれっぽい嘘をつき、帰り支度をする。 「なので呼んでおきながら大変申し訳ないのですが、これで帰らせていただき」 「はあっ!? 何言ってるの?」  突然、男が大声で叫び出し、目をかっと見開く。 「本当に申し訳ございません。でも、このままじゃアルバイトの枠に穴が……」 「おまえ、何様のつもりだよ! なんのためにオレを呼び出したわけ?」  身体をわななかせて男がひどく怒り始める。  このまま、ここにいるのはまずい。もしかしたら二、三発は殴られるかもしれない。  男の様子に危機感を覚え、もう一度謝罪をし、頭を下げる。そのまま駅のほうへ向かおうとしたら手首をむんずと摑まれた。 「何をするんですか」 「もう二十歳(はたち)超えてんだろ? 小学生のガキじゃないんだ。大人なら人との約束を守れよ!」 「ですから、急用が入ってしまったと説明しました!」 「おれのことを馬鹿にしてんのか!? おれと会う約束のほうが先立ったんだから、バイトなんて断るのが道理だろ!」 「横暴ですね、バイトのほうが大事に決まってます! 店長やお客様が待っているんですから! それに、お金が関わってくるんですよ? あなたとの約束なんか知りません!」 「生意気なクソガキが……大人を舐め腐るんじゃねえ!」  人通りの少ない公園前を待ち合わせ場所にしたから、だれも助けてはくれない。  男の力が強くて、振りほどくことができない。そのまま公園の出入り口のほうへ引きずられていく。 「ちょっと、どこに行くんですか? 放してください!」 「おまえ――男のチンポなら、なんでも(くわ)えるビッチなんだってな。掲示板に書かれてたよ」  掲示板にSNSのIDを晒されたことに気づき、内心舌打ちをする。 「おれとセックスがしたくなって呼んだんだろ。だったら相手してやるよ」 「違います、やめてください!」  何度否定しても男は、ぼくの言うことをいっさい聞こうとしない。馬の耳に念仏だ。  まさか……このまま犯される?  全身から、さあっと血の気が引いていった。   そうして男が乗ってきた黒い軽自動車の助手席に無理矢理押し込まれる。  運がよかった。車の中で待ち伏せしている男たちがいなかったから、すぐにドアを開けて逃げようととする。  だが、ドアを開けたと同時に車が急発進し、法定速度を超えた猛スピードで走り出す。怖気づいたぼくは飛び降りることもできず、車から振り落とされないようにするので必死だった。

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