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第6章 当然の報い

   *  結局、あの後男たちは警察に連れて行かれた。  連中は大学生であると偽ってSNS上でオメガやベータの子ども、若者を騙していた。そして、あの銭湯に連れていっては、性行為を強要する常習犯だったのだ。  店員たちが「店をハッテン場として使われ、営業妨害を受けている」と警察に被害届を出していたこと、やつらの被害に遭った人たちが親や友人を介して警察に相談していたので、今回警察が踏み込むことになったのだ。  結果、ぼくは男たちの餌食にならずに済んだ。  それでも警察による任意の事情聴取を受けることになった。そして担当になった警官からひどく説教を食らった。  聴取が終わって警察署を去るまでの間、なんともいえない眼差しを警察内部の人間から送られた。  挙句の果てに、今回の件を両親に知られてしまったのだ。  実家に呼ばれ、父さんに座るよう命令される。怒られることはわかっていた。無言でソファへ腰かけると、父さんと母さんが、ぼくと対面する形でソファに座る。  人を射抜かんばかりの強い視線を浴びせられる。  身体が芯から冷えていくのを感じながら、膝の上にある自分の拳へと目線をやった。 「晃嗣――言ったよな。俺や麗奈ちゃんに迷惑かけるなって」  普段ヘラヘラしていて、おちゃらけている父さんの怒気を含んだ声に冷や汗をかく。 「申し訳ありません」 「謝って済むなら警察はいらないんだよ。あのさ、マジでありえないんだけど」 「その……ぼくも被害者のひとりです……あれは……」  弁明をしようとしている最中なのに話を遮られてしまう。 「だから? 被害者でも、加害者でも騒ぎを起こしたことに変わりはないんだよ。何もしなければ平穏無事に過ごせたんだ。SNSを通じて男と出会うようなことをしていたおまえがいけない。何より人に騙されて、呑気にノコノコついて行ったたおまえに非がある」 「父さん」 「ったく、ふざけた話だよ。これだからオメガやアルファは、いやなんだ。犬猫みたいに場所を問わずに、どこでも盛りやがる!」 「そんな! それは――」  反論しようと思って、ぼくは口を開く。  でも、やめた。  どうせ、いつものように話を聞いてくれないのは目に見えている。そんな無駄なことをしてなんの意味がある? そう思って、口をつぐんだ。 「私たちのメンツに泥を塗るなんて、あなたは何を考えているんですか? あれだけ言ったのに、なぜ私たちの言うことが聞けないんです」 「俺らがアルファの傲慢な連中や、ビッチなオメガに負けないように、どれだけ努力しているのか――おまえ、わからないわけ?」 「アルファはアルファというだけで特権階級のエリートです。オメガも社会的弱者といいながらアルファの庇護下に置かれれば、玉の輿(こし)。図に乗る者も多いです。大多数の我々ベータが、あの異常者たちを引きずり下ろすために日夜どれだけの労力を使い、リソースを割いているのか、理解していただかないと困ります」 「この世は弱肉強食だ、晃嗣。能力のないやつは死ぬ。ただの凡人のベータである俺たちは爪を研ぎ、有能なやつが隙を見せたときに喉元を掻き切らない限り生きていけない。その馬鹿な頭で少しは考えろ」 「とうぶんの間、あなたの顔を見たくありません」 「そんな……母さん」  立ち上がった母さんは、まるで氷の女王のように全身が凍りついてしまいそうな冷たい眼差しで、ぼくを見下ろした。 「学費やアパートの代金は払いますよ。最低限の食費もお送りします。ですが、それ以外は自分でどうにかしてください」 「ほら、わかっただろ? 邪魔者はさっさと出てけよ」と父さんに腕を引っ張られ、家の外へ放り出される。  ガチャン! と金属でできた扉が閉まり、鍵をかけられてしまう。  二十歳を超えた男が「家に入れてほしい」なんて大声で喚くわけにもいかない。  もし、そんなことをしても、あの人たちはぼくを家に入れてくれない。むしろ後になって「いい大人がなんて醜態を(さら)したんだ」となじられるだけだ。どうせ、あのふたりはぼくのことなんて、どうでもいいのだから。  ひどく虚しかった。    普通の親なら――子どもに愛情を注ぎ、大切にする大人なら――こんなとき、暴漢に襲われかけた子どもを心配するのだろうか? 「大人になったのに何をしている!」と愚かな行為をした子どもを叱りながら、同時に「無事でよかった」と(あん)()したりするのだろうか?  それとも、ぼくの両親のように見捨てるのだろうか?  ぼうっと突っ立っていても状況は変わらない。  そんなことをしていても何もならない。限りある時間が無駄になるだけ……。  そうして鉛のように重い足を無理矢理動かし、駅に向かって歩く。  唯一の場所であるアパートへと向かった。

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