＊ 　家に帰宅するまでの間もスマホの通知メールが来た。おそろしいほどの量だった。 　事件に巻き込まれた日、ソウジがぼくのＳＮＳのＵＲＬを掲示板に晒したからだ。 　事件の後、すぐに掲示板の運営主に掛け合い、あの男が書いた記事を消してもらった。それでも元のページをスクショしていたやつが、掲示板にスクショした画像を上げたり、ＳＮＳのＵＲＬをコピペして貼り付けてきた。その後、掲示板に載らないように対処してもらったけど時既に遅し。 　ソウジの信者と事件をおもしろおかしくしたい愉快犯、そして――一晩だけ関係を持ち、勝手にぼくを恨んだ一部の連中のせいで炎上した。 　メッセージの内容は、ソウジの撮るオメガのハメ撮りを楽しみにしていた男たちのブーイングの荒らし。ベータであるのにだれとも寝るぼくへ「死んでオメガに生まれ変われ」とか「風俗でタダ働きしろ」という野次。大学を特定中であることを楽しんでいる言葉や、ぼくがソウジたちとセックスした動画や画像を大学や家族に送りつけようとしていた計画が丸つぶれとなってつまらないとケチをつける文言。そしてぼくを逆恨みしている男の「秋は金を根こそぎ巻き上げるビチクソ。オレの五万返せ！」という嘘だ。 　ソウジがメインに書き込んでいた掲示板は、未成年やオメガの性被害者の画像や動画もアップロードされていたので、警察が捜査に介入するから特に気にしていない。が、そこからＳＮＳに飛んできた人間たちのメッセージがひっきりなしに来る。 　無宗教のぼくは神なんてまったく信じていない。だって、救いの神なんて存在がいたら、罪もない赤子や子どもが無惨に殺されるはずがないから。 　でも、悪魔の存在なら信じられる。だって人を人と思わず平然とひどいことをしたり、虫を殺すのと同じように――いや、苦しむ様を見るためにゆっくり、じわじわとなぶり殺しにするのを楽しむ人間たちがいるのだから。 　対処はできる。両親の力をなるべく借りないように、お金を貯めてきたから。弁護士に依頼して対応してもらえばいい。 　ただ……航大に失恋して、行き場のない思いに折り合いをつけられなかった。どうにかして航大を好きな気持ちを忘れたくて、寂しい気持ちを紛らわせたくて男に抱かれた。そこからこんな事態になるなんて夢にも思ってなかった。 　今回の件で、ぼくはレイプされたわけではないし、ハメ撮りもされていない。それをネタに男たちに脅されて行為を何度も強要されたり、ハメ撮りした動画や写真をＳＮＳやネットに拡散されて被害を被ったわけでもない。 　怪我ひとつしていない状態で五体満足だ。 　それでも両親は怒り心頭で、ＳＮＳや掲示板ではおぞましい言葉が飛び交っている。今後のことを考えれば、よかったと胸を撫で下ろせるわけがない。 　なんでこんなことになってしまったんだろうと後悔しても、もう遅い。 　何もかもがいやで、すべてを放り出したい。今すぐに遠くへ行きたい。自分のことを知る人がいない場所へ……いっそ、消えてしまったほうが楽なのだろうか？ 　突然スマホが鳴り出す。 　だれかが匿名で電話を掛けてきたのだろうかと身構えながら、スマホのカバーを開く。 　画面には“エリナ”の三文字が表示されていて、ため息をついた。 　タップしてスマホを耳にあてる。 「もしもし」 『アッキー、だいぶひどいことを言われてるわね』 「見たの？」 『あたしは見てない。夜職の子たちが『ざまあみろ！』ってうちの店で喋っていたのを耳にしたし、オリンポスのマスターやバーテン、康成くんたちも『大丈夫かな』ってアッキーのことを心配してたからさ』 「そう」 　いつもと変わらずに接してくれるエリナに何を言ったらいいのかわからなくて、ぼくは口を閉ざした。　 『……ねえ、うちの店、今から来ない？』 「えっ？」 　唐突に誘われて戸惑った。 『無料でサービスしたげるから来なよ。外出るの怖いなら、マスクやサングラスとか、帽子で変装でもしてさ、必要最低限のもの持ってきなよ。マスターが、『アルバイトで働いてくれるならうちの下宿を貸すわよ』って言ってたし、康成くんも『短期間ならうちを使っていい』って』 「何それ……」 　わけがわからなくてぼくは彼女の言葉を訊き返した。 『コータくんに振られてからのアッキーがやってきたことは、いいこととは思えない。けどさ、気持ちがわからないわけじゃないんだよ。それに、ヤケになる前のアッキーを知ってる。だから、力になりたいって思ったんだよ。っていっても、うさん臭い話だってめちゃくちゃ思うよね!?　なんか裏があるんじゃないかって。事実、そういうやつも世の中にいるわけだし。羊の皮をかぶった狼とかさ』 「エリナ」 『でもね、アッキーが苦しんでいるのに知らん顔なんかしたくないし。力になれないかもだけど、何もしないでアッキーがどっかに行っちゃったり、いなくなっちゃったらマジでないから。そんなんなったら……泣くよ、あたし』 　スマホのケースを握りしめ、ぼくは震える唇を開いた。 「お店、ぼくがいったら迷惑かかるんじゃない？」 『そんくらいでうちの店、潰れないから。まあ、それで潰れたとしても、またべつの仕事探したり、働けるし』 「けど……」 『あたしの心配はしないで。アッキーが来たいか、来たくないか。それだけをシンプルに考えて』