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第8章 菫6
『時間と場所オッケーです。
泳ぐのが好きだってこと、紹介用の書類に書いてあったんですが、覚えててくださったんですね!? ぼくも北野さんと同じで魚を見るの好きです。水の中を悠々自適に泳いでいていいなって。それがきっかけで水泳も始めたんです。ペットショップの魚コーナーとかも入り浸っちゃいます。YohTubeでペンギンとかアザラシ、ラッコなんかも見てると癒されんですよね。水族館、行きましょう!
嘘! 青森まで行ったんですか!? 高速で! 車の運転、疲れませんでした? ぼく、ペーパーで。車の運転、苦手なんですよね。すごいな……。北野さん、お花とかが興味あって、造園業なんですか(失礼なこと言ってたらごめんなさい)?』
『ありがとうございます。じゃあ、その日程で!
ペットショップの魚コーナーに行くのとか、YohTubeで海の生物を見たりするの、わかります。癒やされますよね! 自分も魚たちみたいに自由にのびのびと泳ぎたいって思うんです。水族館、楽しみましょうね!
運転はぜんぜん疲れません。いろんな車とか風景を見られるんで楽しいですから。でも、トラックばかりなんで乗用車の運転はちょっと苦手って感じですね。最初の頃はバックしたときに人の家の生け垣に突っ込んじゃったりしました(黒歴史ですね……)。
花も好きですが、植物とか自然が好きなんです。庭先とかを綺麗に整えるのが面白くて(全然失礼じゃないので気にしないでください)』
「ふーん。文面も丁寧に返事してくれるし……几帳面な人なのかな?」
北野さんとのメッセージのやりとりを億劫に思っていない自分がいる。
紙に書かれたデータと顔写真しか知らない相手。赤の他人。
なのに、いままでの相手とどこか違うんじゃないかと期待してしまう。
この人と恋愛をしていけるかはわからない。それでも航大や、エリナ、康成たちのように仲良くなれる気がする。それを不思議に思いながら彼とメッセージのやりとりを続ける。
『ですね、水族館楽しんじゃいましょう!
もしも北野さんがぼくとデートをして、その次も――ってことになったら、トラックでもいいので乗せてくださいね。海とかに行けたらいいなって思います。』
こんなこと書いて、どうするんだろう?
デートをして少しでも違うって思われたら・思ったらそこで終わる関係なのに。実際に会って同じ時間を過ごしたらメッセージをやりとりしているときと違う印象を持つ可能性だってある。でも……もしも彼が今のように話をしてくれる人なら、いいなって願ってしまう。
そうしてメッセージの「送信」ボタンをタップする。
さっきまで即レスだったのに、北野さんからの返事が来なくなってしまった。
相手は社会人だ。仕事の話を上司としてるかもしれないし、お客様から依頼の電話やメールが入ったのかもしれない。
それでメッセージを送るのが遅くなっているのかもと思いたい気持ちと、もしかして最初のメッセージでデートもまだしていない段階なのに、二回目以降のデートを連想させるような内容を書いたりしたから嫌がられたのかな? とか「なんだ、こいつ」と思われて引かれちゃったのかな? なんて不安な気持ちが胸の中でグルグルする。
ため息をつき、イヤホンを外して電車を降りる準備をする。
いつも通りに改札を下りて駅前のスーパーで夕食の食材を調達し、アパートに向かって歩く。
アパートに着いたらカバンを置いてエプロンを身に着け、キッチンに立つ。夕飯のメニューはご飯と肉じゃがと、ほうれん草のおひたし、それから豆腐とねぎの味噌汁だ。エリナと康成から教わったレシピをもとに作り始める。
落し蓋をして、肉じゃがをコトコトと煮込んでいる間に少し課題をやろうと思い、キッチンから自室に戻る。机の上に置いてあるスマホを一瞥してからカバンの中に入れてあった参考書とノートを出す。
まるでタイミングを狙ったかのようにピコンと通知の入った音がして、ぼくは慌ててスマホのケースを開き、画面を食い入るように見つめた。
北野さんからのメッセージだった。画面をタップしてメッセージの内容を確認する。
『その……おれも、もしも二回目とか三回目のデートを村山さんとできたら、車を運転したいなって思います。それで、海でデートできたら嬉しいです。
といっても、まだ一回目のデートもしていないので村山さんに気に入っていただけるかわからねえんですがね! 楽しいデートにできたらいいなって思います』
彼がぼくの言葉を嫌がっていたり、引いていないことにほっとした。何より、彼もぼくと同じように思ってくれていることに、安心感を覚えた。
『後、もしよかったらなんですが、デートの前に電話とかしてみませんか? そうすれば最初のデートのときも異常に緊張することもないし、どういう話し方をするとか、メッセージのやりとりだけじゃわからないこととかもお互い理解できるようになるんじゃないかなって思うんですが……どうでしょう?』
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