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第8章 菫5

「かしこまりました」と有島さんが微笑んだ。「では、この後、早速北野様の担当の者に問い合わせてみます。結果はガニュメデスのメッセージ機能を使用して一週間前後をめどにお送りいたしますので、しばらくお待ちください」    *  北野さんがぼくの意見に応じてくれたというメッセージが来たのは、有島さんに相談をしてから三日後のことだった。  そして北野さんから初めてのメッセージが来たのは、その翌日だった。  学校の図書館で勉強をしながら、来週の授業に提出レポートのために必要な資料がある場所を探していた。なぜか人の多い日で館内のPCをみんな使っていて空きがない。カウンターの司書の人たちも生徒の相談に乗ったりしていて忙しそうだから、場所を訊けない。  かれこれ一時間以上も館内をうろついて調べている。いい加減いやになってきたからスマホで図書館のサイトを開き、蔵書検索で調べているとガニュメデスからの通知が入る。 『村山晃嗣様』というメッセージのタイトルを目にした。ガニュメデスではフルネームは個人情報保護の関係で使っていない。下の名前だけ登録している。  もしかしてと思いながら本を探すのを一旦中断し、図書館の出入り口前にあるソファへと身を沈める。 『初めてご連絡いたします。北野菫と申します。この度は私をご指名いただき、誠に感謝申し上げます。紙面上の情報だけでなくメッセージなどを使用して、理解していけるよう尽力いたします。さっそくのお話となり恐大変恐れ入りますで、本日より一週間後でデートのできる日付けを三日ほどご教示いただけないでしょうか。お忙しいところ恐縮ですが、ご返答いただけますと幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。』  ――堅苦しい文章。恋愛をしようと考え、これからデートの日にちを決めるというよりも、まるで面接を受けるための日程調整の提案されているような感じだ。かなり、かしこまっている。何これ? と思いつつ有島さんが「真面目な人と」言っていたのは、こういう意味かと納得してしまう。 『初めまして、村山晃嗣です。メッセージをいただけて嬉しいです。後、紹介精度の承認も受け入れてくださって、ありがとうございます。ぼくのほうが北野さんより年下なんですから、そんなに丁寧な言葉遣いじゃなくても大丈夫です。もっと話し言葉みたいにラフな感じでお願いします。もちろん北野さんが、そっちのほうがメッセージを打ちやすいのなら、そのままで平気です。  デートの日ですが土曜、日曜ならいつでも空いてます。造園業をやっているって聞きましたが、土日で北野さんがお休みの日って、ありますか?』  送信ボタンをタップして立ち上がる。お昼時だから休憩を挟みながらメッセージを送ってくれたんだと思う。だとしたら、次に返事が来るのは夜以降だ。  そのまま検索画面に戻って本の場所を調べれば、禁帯出資料の禁帯本であることが判明。  どおりで館内をくまなく探しても出てこないわけだと納得し、司書の人に取ってきてもらうためにカウンターへ回る。  そうして本を手に入れて、退勤ラッシュに巻き込まれないように電車の時間を遅くして乗る。イヤホンをして、子どものときから好きなアーティストのお気に入りの曲を流し、目を閉じる。目を閉じながら揺られているとピコンという通知の入った音がして目を開けた。北野さんからのメッセージが来ている。 『返信が遅くなりました! すみません……じゃあ、お言葉に甘えて、少し砕けた口調にさせてください!  来週の土曜日が休みですが、どうですか? できれば一日デートって形でご一緒できたらいいなって思います。もちろん夜は七時前には解散です。お酒を勧めたり、歓楽街に連れて行ったりなんてことは絶対しません。ちゃんと駅で解散するので、そこのところは安心してください!』 「……何それ」  北野さんのメッセージについ吹き出してしまう。  一日デートって提案しながら夜中まで出歩かない。しかも飲酒はなし。ホテルに連れて行ったりせずに健全帰宅を約束するなんて面白い人だ。  でも、その当たり前のことがぼくにとってはすごく新鮮に感じられらた。あらかじめメッセージでやましいことはしないと書く北野さんのことを、おかしいとか、変だとは思わない。むしろ提示してくれたほうが安心するし、わかりやすくて助かる。 『連絡遅くなったこと、気にしないでください。  来週の土曜日にお会いできるんですね。嬉しいです。  ちなみに今日はお仕事の日だったんですか?』 『ありがとうございます。おれも村山さんと会えるのが楽しみです。  待ち合わせ時間は……十時半とかどうですか? それで、待ち合わせ場所は南口池袋公園のミミズクの像の前とかが、わかりやすいかなって思いますがどうでしょう。村山さん、泳ぐの好きだって伺ったので、魚とか見るのはどうですか。おれは魚見てると落ち着くんで好きです。もしよかったらサン・サン・シャイン水族館へ行きませんか?  後、今日は青森で仕事でした。親方であるおじと一緒にトラックで。高速を運転したんです』

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