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第10章 不安と緊張の初デート2

『ああ、それはよかった。オレもおまえが康成のダチだって話をよく聞いてる』 「変なマウント取らないでくれる?」 『おいおい、さいしょからタメかよ』 「その言葉、そっくりそのまま返すね。ぼくは、あなたと会ったことも、話したことも一度もない。礼儀を欠いてる人間に礼儀正しくする必要、ある? 馴れ馴れしくしないでほしいんだけど」 『お堅いなー』と電話口の男が声を立てて笑う。『すぐにケツの穴を差し出すビッチなのに、そういうところはまじめなんだな。とマジ受けるんだけど。今日の初デートも、その身体で男を籠絡するつもり?』  こんな男が康成と付き合ってるの? 信じられない……。気持ちが高ぶらないように抑えながら話を続ける。 「どういうふうに話を聞いているのか知らないけど、人の話に首を突っ込まないで。ほっといてよ」 『そうだな、オレとしてもそっちのほうが助かるよ。おまえみたいなのが康成にまで手を出してきたら困るから――』 『いい加減にしろ! このボケナス!』  ドゴッ! と何かがぶつかる大きな音がした。反射的にスマホを耳から遠ざけ、片目を閉じる。 『康成、これは……』 『てめえは人のダチに、なんっつーことを言ってるんだよ! 最低、クソ野郎……!』 『ごめん。悪かったってば……なあ、許してくれよ!』  ぼくを挑発してきた人間と同一人物とは思えない、なんとも甘ったれた情けない声がする。  スマホを耳から離している状態なのに彼らが言い合う声や何かが壊れたり、倒れたり、割れたりするけたたましい音がスピーカーから聞こえてくる。  もしかして電話をしなかったほうがよかったかな?   電話を切ろうとしたら、康成の声がする。 『悪い。うちのバカ彼氏が、ろくでもないこと言って……ごめん』 「いいよ、事実だし」 『そういうわけにはいかないだろ! だって、おまえは変わろうとしてるんだ。今日のデートだって、あのアホが言うようなやつじゃない。もっとマジなやつだ! 真剣に恋愛しようと思って、お互いの性格や価値観、相性を確かめるやつだろ』 「うん、そうだよ」とぼくは電話をふたたび耳にあて康成の言葉に同意する。 『この間、言ってただろ。『すごく誠実な人と出会えた。デートがすっごく楽しみだ』って。何があった?』 「なんでもない、大したことじゃないよ。きみの恋人が言うように、人ってそんなに簡単に変われるものじゃない。ぼくの本質は、きっと変わらないんだ」  ますます北野さんと会うのが怖くなっていく。  いくら長年好きだった人に失恋したからって、何人もの男をとっかえひっかえしながらセックスだけして、ヤることヤッたら「はい、さよなら」って別れを告げてきた。そんな男のことを、あの人はどう思う?  黙っていても、騙したことにはならないだろう。  だけど、ぼくの過去を知ったら、北野さんはぼくのことがいやになるかもしれない。  ――言いたくない。でも話さないでいたら、彼に嘘をついているような後ろめたさを感じるし、後でこの事実を知られたとき、どうしようって思う。  まだ実際に会ってもいない人だ。それなのに嫌われたくない、好かれたいと思うなんて、どうかしてる。 「今日のデート、やめようと思うんだ」 『なんで……?』 「ぼくみたいなのと会っても北野さんのためにならないからだよ」 『会いたくなくなったのか?』 「ううん、会いたい。でも……怖いんだ。ぼくの悪いところや駄目なところを知られて『いらない』って言われるのが……すごく怖い」 『うーん……』と康成が唸り声をあげる。『会わないで後悔するよりも、会って後悔したほうがいいと思うぞ』 「どういう意味?」とぼくは訊き返した。 『今日、会わない状態で『次はなし』ってことになったら、『あのときデートに行けばよかった』って。もしもの話を延々と考えて、また航大くんのときみたいに悩んだり、前に進めなくなるぞ。  今日、会いたくないなら日にちを改めろ。絶対、会ったほうがいい。そっちのほうがおまえのためにも、北野さんのためにもなる』と念を押してきた。 「どうして、そんなことを言うの?」 『おまえのためでもあるけど、何より北野さんの期待を裏切る真似は、よくないと思うから』 「あっ……」  康成の言葉にで、自分のことしか考えていなかったことに気づかされる。 『きっと北野さんは、晃嗣とデートできることをすごく楽しみにしてる。おまえの話だから確証はないけど多分二回目のデートも考えてるはずだ』 「会ったこともないのに?」  あんなに誠実でやさしい人なんだ。ぼく以上の人は、すぐに現れる。 『そうだな。遊び相手や寝る相手なら、すぐにできるかもしれない。おまえや、おまえの相手になってきた男たちみたいに性欲を満たすだけなら、きっと気軽にできるよ。金を使えば風俗だって行ける。けど、家族になれるような、心から信頼し合える恋人を見つけるのは時間も、手間もかかる。  だからマッチングアプリだけでなく、結婚相談所まで使ってるんだろ。そこのプロがおまえを紹介してきて、おまえの写真を見たり、実際にメッセージのやりとりや電話をしてるうちに『晃嗣と恋愛してみたいな』って思ったからデートをする気になった。だから今日も、おまえと会えるのを楽しみにしてると思う。それなのに、おまえが病気でもないのに、いきなりドタキャンしたら、傷つくはずだ。おまえのことで次の恋に進めなくなるかもしれないぞ』  航大に「好き」と言われたくて、夜が明けるのをじっと待っていたことを思い出す。同時に公園の前で時計やスマホの画面を見て、ぼくが来るのを待つ北野さんのイメージがありありと浮かんだ。 『まだ最初なんだ。相手のことを一から十まで、まるっと知る必要はない。そこにいる、その人のありのままの姿を……嘘をついていない本当の姿が見られればいい。それで思ったこととか、伝えたいことを素直に話せよ』  それでも悩んでいれば、康成は『大丈夫だ』と力強く言ってくれた。『もし、おまえが玉砕したら、今度は朝まで話を聞いてやる。だから――行ってこいよ」  ひどいことを言うなと思いつつ、笑ってしまう。  カバンを手に取り、玄関へと向かう。 「ありがとう、康成。いってきます」 『おう、行って来い!』

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