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第9章 緊張と不安の初デート1
初デートはドキドキするものだという。
相手に早く会いたくてドキドキする。相手とどんな話をして一日を過ごすのか、手を繋いだり、キスをしたりといったことができるのかと考えただけでワクワクする――とエリナや康成は言っていた。
だとしたら、やっぱりぼくはおかしいんじゃないだろうか?
デートの五時間前に目が覚めた。早起きなことはいいことだと思う。昨日も十時前に寝て、驚くくらいに寝付きもよかった。おかげで頭はスッキリして、体の疲れも取れている。
寝坊して初デートに遅れたる心配もない。
だけど――異様に朝から胃がムカムカして吐きそうだった。
昨晩は家でいつも通り料理をした。全部手作りだし、火も通っていた。
格安スーパーの割引商品の生魚を食べてないからお腹を壊すはずがないし、一人暮らしを始めた頃のように消費期限が二週間以上経った肉も口にしてない。
外食してないし、そもそもアルコールに入ったものをとってない。ベロベロに酔っ払って道に落ちているものを犬や猫のように拾い食いしそうになるわけがないんだ。
だけど、すごく気持ち悪くて、しょうがない。
体温計で熱を測ったけど平熱だし、お腹も壊してない。
原因はわかってる。
これは全国模試を受けるときや大学受験のときに感じたものと一緒。極度の緊張と不安で胸がいっぱいになってるんだ。
マッチングアプリのプロフ写真と別人な人に会う可能性はゼロ。北野さんが、どんな会話をする人かも通話をしているから、なんとなくはわかってる。
でも実際に会ってみた後で北野さんに嫌われたり、引かれたりしないかということが気になってる。逆に北野さんと会って「こんな人だったんだ……」と幻滅して時間の無駄だったと思いたくない気持ちも強い。
そんなことをウジウジ考えている自分に情けなくなってくる。
せっかく楽しみにしていた遠足当日に熱を出す子供みたいにはなりたくない。とりあえずヨーグルトを食べたり、消化にいいものをとって様子見しよう。最悪吐き気止めを服用すれば、なんとかなるかなと思いつつ、顔を洗いに行こうと布団から身を起こした。
身だしなみを整えた後に、温かい煮込みうどんを作ったら普通に美味しく食べられた。ヨーグルトを食べた後も急な吐き気や腹痛、発熱はない。完璧精神的なものだなと思いながら吐き気止めの薬を飲んだ。
まだ時間もあるんだから落ち着こうと思い、テーブルの前に座る。
だけど何度も繰り返し時計を見たり、北野さんから新しくメッセージが来てないかとガニュメデスのアプリをタッチしたり、気晴らしに本に手を伸ばしても上の空。ソワソワして気が高ぶってる。
「今週の土曜は休みだからデート直前に何かあったら話、聞くぞ」と言ってくれた康成の言葉を思い出し、ぼくは康成に電話を掛けた。
三コールめには『はい……』と掠れて、どこか気だるげな康成の声が聞こえた。『晃嗣、なんだよ。……めちゃくちゃ朝、早いな。どうした?』
かすかに『康成、まだ起きるの早いよ……もう少し、寝よ』と寝ぼけた男の声がして、ぼくはしまったと思う。
「ごめん、邪魔したね。彼氏さんと一緒だったんだ」
『えっ……それは、そう……』
「なんでもない。それじゃ……」
電話を切ろうとしたら、『待て待て待て!』と連呼する康成の耳をつんざくような大声が聞こえて、耳からスマホを離した。
『平気、平気だから。何があった?』
『康成ー、誰と話してるんだよー。浮気かあ? オレと言う恋人がありながら……女かよ!?』
『アホなこと言うな! 俺は浮気しない主義だって何回も言ってるだろ。ダチだよ、ダチ、男! おまえはもう少し、寝てろ』
電話口で恋人と言い合っているのを仲がいいなと思いながら、受話器のボタンをタップしようとする。が――。
『ほんとか? だったら――ああ、なるほど。わかった! “恋愛初心者のおこちゃまくん”からのヘルプなわけか。それなら仕方ないわ!』
電話の向こうで爆笑している康成の恋人と「おい、やめろよ!」と焦った声で恋人を止めに入る康成の声にイラッとする。
「ちょっとそれ、どういうこと? 康成」と問い詰めれば、しどろもどろになりながら康成が返答した。
『俺が言ったわけじゃなくて、その……バーテンの牧雄さんがLIMEで書いてて、それを俺の恋人が見て……で、おまえのことを話したら『“言い得て妙”だー』って……』
「ふーん。みんなして裏で、ぼくのことをそういうふうに言ってたわけ」
『いやいや、違うって! 誤解だよ!』
こっちは真剣なのに、面白おかしく茶化されていたことを知って無性に腹が立った。
「きみに相談しようと思ったぼくが間違いだったみたいだね。それじゃ、彼氏さんによろ」
『ちょっと、ちょっと晃嗣くん。いくらなんでもオレの康成に対して態度悪くない!?』
突然の乱入者の声に頭が痛くなってくる。康成が『おい、やめろって。返せよ、バカ!』と喚いているのが遠くから聞こえてくる。
「初めまして。いつもお世話になってます。あなたの話はオリュンポスのバーで康成からよく聞いてるよ」
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