5 / 7

5 いつまでも夢を追いかける男の性

候補者の最後の一人。 風の国の王子、ユーリ。 正直、こいつだけは本当に避けたかった。 吟遊詩人風の爽やかな風貌。 絶世のイケメンで、学園の女は全員恋をしている、なんて噂がある程。 大体想像がつくのだが、いわば顔だけの男で、ただの遊び人なのだろう。 女を絶対に幸せにしないタイプである。 (くそっ、俺とは絶対に合わない。話をするのも憂鬱……) 「お姉様! さぁ、行きましょう!」 「はぁ、気が乗らないな」 「もう、今更何を言ってるんですか! お姉様が誘ってくれたんじゃないですか!」 俺は、ソフィアに話を切り出した。 今度、ユーリに会いに行かないか? と。 すると、ソフィアは顔をぱっと明るくし、嬉しそうに手を合わせた。 「お姉様も実はファンだったんですね! 実はボクもです。一緒に会いにいくなんて、ボク、嬉しい!!」 「い、いや……俺は、別にファンってわけでは……」 と、まぁこんなやり取りがあり、渋々ユーリの元へ向かうことになった。 **** 放課後の食堂。 ユーリを中心に、ファンの女性達が輪を作っている。 「きゃー! もうユーリ様ったら!」 「ははは!」 楽しそうな黄色い声が飛び交う。 ソフィアは、怖気付いて俺の服の端を握り締める。 「お、お姉様……どうしましょう?」 「まずは、あの輪の中に入っていかないとな」 「で、でも……」 「ほら、ソフィア。前に」 「お、お姉様! ちょ、ちょっと押さないで下さい!」 ソフィアが、あっ、とつんのめって輪の中に飛び込むと、ユーリを取り囲む女達の会話がピタッと止まった。 シーンとする中で、俺とソフィアは注目を集める。 ユーリは、口を開いた。 「これは、これは! 噂の美人令嬢とその妹君」 ユーリはすぐさま膝まづき、ソフィアの手の甲にキスをした。 「お会いできて光栄です」 「そ、ソフィアです。よろしくお願いします……」 ソフィアは、申し訳ないほど、顔を赤くした。 「……そして、もうひと方。マリア。本当にお美しい」 俺は、ユーリに手を触れられ、ゾゾゾと背筋を走る悪寒を我慢するので精一杯だった。 **** ユーリから招待を受けた。 「せっかくの出会いですので、一緒にお食事でも……」 正直、断りたかった。 俺は生理的に、ユーリというあの類の軽い男は受け付けないのだ。 しかし一方で、ユーリとソフィアをくっつけるチャンスでもある。 「お姉様! 行きましょうよ!」 「ソフィア、俺はどうもあの男が苦手なんだ。一人で行ってきてはくれないか?」 「じゃあ、ボクも行かない!! 言ったでしょ、お姉様と一緒じゃなきゃ、ボクはどこにも行かないって!」 「うっ……そ、そうか……そうだったな」 という事で、俺もユーリの招待を受けざるを得なかった。 **** 当日、俺とソフィアは、風の国専用のラウンジに通された。 「さぁ、お二人とも座って」 ユーリは、軍服のような正装に身を包み、いかにもモテる男のテンプレのような格好をしていた。 俺は、ソフィアを席に座らせると、すっと踵を返した。 「あれ、マリアさんはどちらへ?」 「ああ、俺は用事があるので……」 「恥ずかしがり屋さんかな? ふふふ、可愛らしい」 「ああ、そうだよ。恥ずかしいんだ。じゃあ、俺はこれで」 (ったく、何が恥ずかしがり屋だ。いちいち気持ちわりぃんだよ。まぁ、今回は断言できる。こいつにときめく事など決してないって事は) と、俺が意気揚々と退出しようとしていると、後ろからか細い声がした。 「待って、お姉様!! 行かないで! 一人は嫌です」 振り返ると、そこにはソフィアが今にも泣きそうな顔をしている。 その顔には弱い。 「そうですよ、マリア。ソフィアちゃんを一人にしちゃ、可哀想です。用事はまたの機会にして、一緒に楽しみましょうよ」 「い、いや、俺は……」 「お姉様、少しだけならいいでしょ?」 (うぐ……しかたない。少しの我慢だ) 俺は自分に言い聞かせた。 **** つまらない世間話。 でも、ソフィアはうっとり顔で、興味深そうにうんうんと、嬉しそうに相槌を打つ。 ユーリ王子。 こいつは確かに恐ろしい男だ。 表情、仕草、喋り方。何をとってもイケメンのそれ。 根っからの女ったらし。 どれほどの女が餌食になったのか想像も出来ない。 食事が済み、コーヒータイムを迎えると、ユーリは、とある提案をしてきた。 「ああ、そうだ。僕の方からお二人に歌をプレゼントさせて下さい」 「ええ! 本当ですか! 嬉しい!」 ソフィアは、手を叩く。 (はぁ? 歌? 何で、俺が歌など聞かなきゃいけない) ユーリのミニコンサートが始まる。 ギターのような楽器を使い曲が奏でられる。 遠目で見ていた風の国の御婦人達もいつの間にか近くに集まり、あっと言う間に人だかりができた。 「ラララ……」 手拍子をして体を揺らすソフィア。 嬉しそうな顔。 周りの女達も、うっとり顔で聞き惚れている。 (そんなにいいか? この歌?) 女達の声が耳に入った。 『カッコいいわよね』 『ええ、本当に……憧れの王子様』 (はぁ? 何だよ、結局、イケメン補正が掛かってるじゃねぇか。歌が良いわけじゃねぇのかよ) 退屈なミニコンサートも終わり、ようやくお食事会はお開きになった。 「また、お会いしましょう。ソフィアちゃん、それにマリア」 ソフィアは、再び手の甲にキスをされ、頬を、ぽっと赤く染めた。 俺は、当然の事ながら丁重にお断りし、俺達はその場を後にした。 **** 女子寮の部屋に戻ってきた。 ソフィアは興奮冷めやらず、目をキラキラさせている。 「ああ、お姉様! 素敵な方でしたね!」 「あ、ああ……まぁ、そうだな。で、どうだ? ユーリの事は気に入ったか?」 「もちろんです!! お姉様の次にカッコいい!」 「俺の次って……ははは」 これは十分に可能性がありそうだ。 (まぁ、あんな顔だけの男でも、ソフィアが気に入っているのならいいか) 「さぁ、ソフィア。もうユーリの事はいいから、そろそろ休みなさい」 「はい、お姉様。おやすみなさい!」 「ああ、おやすみ。いい夢みるんだよ」 「はい!」 ソフィアが寝室へ向かうのを見送る。 (さてと……) これからの作戦を練る必要がある。 今回は、俺が寝とる心配がないから、正攻法で行ける。 敵は、他の女達。 倍率は高そうだが、うちのソフィアだって、少しおめかしをすれば超絶美少女の出来上がり。 ユーリといえど、絶対に惚れる。間違いない。 明日にでも、街に繰り出し、可愛い服を調達しに行くべきか。 ただ、心配なのは、今後のソフィアの事。 考えれば、考えるほど不安になる。 「あの男の女癖の悪さ。何としてでも改心させる必要があるな……」 「誰の女癖が悪いって?」 俺は、はっとして声のする方を向いた。 カーテンが揺れている。 窓際に、ユーリが立っていた。 「な! ユーリ!? お前がどうしてこんなところに!?」 「夜這いってやつさ、マリア。もう、君の事しか考えられなくて」 「な! 何を言ってる、ふざけるな!!」 「つれないじゃないか? 僕はこんなにも君のこと想っているのに。僕の愛しい人」 かーっと頭に血が昇る。 しかし、俺は冷静さを失わないよう、声のトーンを抑えて言った。 「いいか。俺はお前になど興味はない。一度、食事をしたぐらいで夜這いをかけるなど、軽いにも程がある。帰れ! いますぐにだ!」 「固いなぁ、マリアは。そんなに照れなくたって、いいじゃないか? 楽しもう!」 ユーリは、弾むように俺に近づき、俺の手首を掴んだ。 が、俺は一瞬で、逆に手首を取り返す。 「いたっ!!」 「何を勘違いしてるのか知らないが、俺をそこらの女達と一緒にするなよ。分かったか!!!」 俺は、勢いよく、ユーリを突き飛ばした。 ドン! 体が壁にぶつかる。 「他のやつには黙っててやる。消えな」 ユーリはよろめきながら立ち上がった。 いきなり笑い出す。 「はははは、やっぱり君は僕が思った通りの人だ」 「何を言っている?」 「ごめん、本当に悪かった。君を試すような事をして」 「俺を試しただと?」 「ああ、そうだ。なぁ、マリア。頼む、僕の話を聞いてくれないか?」 ユーリは、自分語りを始めた。 僕は、歌を歌う事が好きなんだ。 でも、誰も僕の歌をちゃんと聞こうとしてくれない。 理由はそう、僕の容姿。 誰もが僕の容姿に見惚れ、僕の歌など聞いていない。それが分かるんだ。 でも、君は違った。 僕の容姿に惑わされない。 ちゃんと僕の歌を聞いてくれる。 そんな人をずっと探していた。君のような人を。 今までのチャラい雰囲気は影を潜め、今はただ一人の悩める男の姿になってた。 「なぁ、マリア。君は僕の歌、ちゃんと聞いてくれてたんだろ? 君の感想を聞きたい。僕の歌、どう思う?」 「突然だな」 「いいから答えてくれ」 「まぁ、いいと思うよ」 「本心を聞きたい」 「そうか……なら正直に言うが、上手いとは思うが、まぁ、アマチュアレベルだな。俺はよくは知らないが、プロの歌は心に響くはずだ。お前にはそれがない」 「ありがとう、マリア。嬉しいよ」 「え? 俺は褒めてねぇぞ」 「しっかりと僕の歌を聞いてくれてた証拠。酷評であっても盲目的な賛辞よりどんなに嬉しいか。それに、僕自身、まだまだと思っている。悔しいけど」 ニコリ、と微笑んだ。 (うっ、こいつ、本当は真面目でいい奴なんじゃないのか? 己の弱点にしっかり目を向け、目的に向い真摯に取り組んでいる男。 悪くない、悪くないんだが……やばい、これはいつものパターンになっちまう) ユーリは続ける。 「僕は歌が上手くなりたいんだ。 小さい頃からの夢。 絶対に諦めない、後悔したくないんだ。 だから、今は下手だっていい、だけど努力を惜しむ事は絶対にしたくない。 ああ、こんな胸の内、話せたのは、君が始めてだ。 ちょっと恥ずかしいな……」 キュン……。 (くっ、トキメキ。 仕方ねぇよ、こいつ顔を赤くしながらも、 目をキラキラさせやがって、カッコいいったらありゃしない。 男が夢を語る。 それも、恥ずかしげもなく、真っ直ぐに……。 胸の奥にズドンときやがる。 今のユーリは、俺が軽蔑するユーリとは全くの別人。 こっちが本当のユーリなのだろう。 チッ。 俺の目は節穴だったって事だ) 「こんな貴族の肩書きや容姿の良さなど必要ない。 いつか大勢の前で歌を歌い、観客を魅了したい。絶対に実現してやる。絶対にだ!」 力強い言葉と共に、少し恥ずかしくなったのか、おどけて言った。 「僕、変かな?」 ユーリは、少し恥ずかしそうにはにかんだ。 (変な訳あるかよ、男が一つの事を成し遂げる。美しいじゃないか……) キュンキュン……。 (や、やばい……このままだと、また俺、制御が効かなくなる。 何かネガティブなネタはないか? ああ、そうだ!) 「おい、ユーリ。でもその割に、その顔で女を引っ掛けて、遊びまくってるそうじゃないか? 満更でもないんだろ? 女遊びはよぉ」 「ふっ、そういう噂があるのは知ってる。でも、今まで僕の容姿に夢中になる女を一度たりとも抱いた事はない。抱けるかよ! 僕の歌をちゃんと聞いてない女なんかを!」 最後の方は、憤りで叫び声に近い。 本当の事なのだろう。 まっすぐな夢。それを追いかけるのに雑音はいらない。 むしろ邪魔。 人が何を言おうが関係ない。 自分の道をひたすら突き進むだけ。 それも分かる。 こいつが言ってる事は、共感しかねぇ。 「悪かったな、変な事言って……俺は、お前の事を誤解していた。すまない、謝るよ」 「いいや、気にしてないさ。それよりも、僕は君という人を見つけてしまった事に興奮している。わかるかい? 僕が今どんな気持ちか? どんなに嬉しいか?」 「どうだろう、よく分からない……そもそも俺以外にもいるだろ? お前の容姿に惑わされないやつは」 ユーリは首を振る。 「今まで巡り合う事はなかった。君をのぞいては。だから、きっと、君は運命の人。僕は確信している……ああ、この気持ち! 歌にできたらどんなにいいだろう!!」 伝わってくる。 ユーリの悦びが。 (ユーリ……何て、真っすぐな奴なんだ。しかし、ダメだ。これ以上、ユーリに惹かれてしまったら……) 「マリア! その、もしよかったら……その……僕の夢を応援してくれないか?」 真剣な目で俺に迫る。 キュンキュンキュン……。 (終わった……夢を追いかける男に惚れない男がいるかよ……) 「分かった、ユーリ。俺は応援する。君の夢を……」 「ありがとう、マリア。やっぱり君は、僕の運命の人だ……」 「こいよ、ユーリ。お前の夢、もっと聞かせてくれ」 俺は、ユーリの手を優しくとり、ソファへと誘った。 **** リビングの床には、脱いだ服が散乱した。 『マリア、本当に君を抱いていいのか? 君は、こういう事を軽蔑していたはずじゃあ……そんな事はない? そっか、じゃあ、僕は本気で君を抱く』 『君は、まるで楽器のよう。こんなに敏感に反応して……ふふふ、とても気持ちいいんだね。そんないやらしい声を上げて……』 『僕のリズムで君が感じているの分かるよ。ここがいいんだろ? 僕もとっても気持ちいい。二人で感じるって、なんて素敵なことなんだ……まるで、ダンスを踊っているかのよう』 『僕と君の気持ちがシンクロしている。ああ、一緒に、絶頂を迎えよう。ほら、いくよ……一緒に、一緒に……うっうっ、いくっ、マリア……』 充足感が半端ない。 今でもフアフアと、心地よい夢を見ているかのよう。 男同士だからこそ味わえる、至高の快楽。 しかし……。 ダメだ、ダメだ! 俺は何をやってしまったんだ! 快楽に溺れている場合じゃない。 結局、恋人候補4人の王子、全員と寝てしまった。 完全にストーリー通り。 畜生! バッドエンドに向かって一直線じゃないか!!!

ともだちにシェアしよう!