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それが今から五年程前のことである。焔 は大学を修業後の二十二歳で砦に入り、二年もする頃には父の期待を遥かに上回る統治力を発揮した。それから更に三年、今では九龍城の皇帝と崇められるほどに頭角を表していた。
地上の世界は父の隼 と長兄の風 が治め、砦は次男坊の焔 が牛耳る。まさに頭領・隼 が脳裏に描いてきた理想の構図が確たる地盤の上に築かれる形となっていったのである。
「ここをお前に任せたのは正解であったな。今では取り立てて争い事もなく、この城内に住む者がまずまずの安泰で暮らせるようになった。お前の才覚だ」
「もったいないお言葉でございます」
満足げな父に敬意を表しながら焔 は茶を勧めた。
「ところで焔 。実はな、ひとつ頼まれて欲しいことがあるのだ」
「は――。何でございましょう」
「黄 という男を知っているか? 城内のカジノでディーラーをしている老人だ」
「はい、名は存じております。ご高年だそうですが、大層腕の良いと評判でございますな」
「そうだ。彼は私の父の代からディーラーで活躍してくれていてな。この城内に移って来る前は我がファミリーのカジノで多大なる功績を残してくれていた」
巷では神技と言われるほどの腕前の持ち主だそうだ。焔 も黄 老人についての噂は耳にしていた。
「私は直に会って話したことはございませんが、遠目からお顔は存じております。その黄 氏が何か?」
「うむ。黄 には息子が一人おるのだが――」
「息子さん――でございますか? 確か噂では黄氏は独り者だとか」
「その通りだ。息子というのは実子ではない」
「――では、ご養子でございますか」
「そうだ。黄 がこの城内へ来る前のことだ。隣家に住んでいた若い夫婦が事故で亡くなったそうでな。夫婦には息子が一人いたのだが、彼らは日本から移住してきたらしく、残された子供には身寄りがなかったそうだ。不憫に思った黄がその子を引き取り、育ててきたらしい」
何とも奇特な話である。
「日本から移住して来たというと、その息子さんも日本人ということでしょうか」
「ああ。名は雪吹冰 というらしい」
「雪吹冰――。それで年は幾つになるので?」
「十七だ。もっとも黄 が引き取った頃はまだ小学校の低学年だったそうだが」
ということは、黄 老人が子供の面倒を見るようになってから十年ほどといったところか。
「実はその黄 の息子がここひと月ほど行方不明になっているらしくてな」
「行方不明?」
十七といえば反抗期も過ぎつつある頃合いだが、幼くして両親を亡くしたというその環境を考えれば何かと悩みも多いのかも知れない。もしかしたら老人とそりが合わずに喧嘩でもして家出したか、あるいはその先で何かの事件に巻き込まれたとも考えられる。
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