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「兄 さん、お帰りなさいやし! お疲れ様でございます」
雅な大店 の前で下男らしきに出迎えられている一人の男の姿が視界に飛び込んできた。遠目からでも無意識に視線を奪われる華やかな容姿――今しがたの花吹雪に包まれるような錯覚はこの男が原因だったというわけか。
我に返って目を擦る。
「……ッ、脅かしやがる……! 男娼じゃねえか」
焔 がぼやきながらもホッと胸を撫で下ろしていたが、単に誰かを見ただけでこんなに驚かされるとは珍しい。どうやら格の高い男娼のようだ。
身なりはそれこそ仕立ての良いと思われる中華服、華美ではないが全身から漂う色香は秀逸で、思わず興味をそそられる。
すらりと背の高く、所作も美しいせいゆえか、黙っていても不思議と惹きつけられるのは確かだ。
下男に対して軽く会釈で返し、「お前さんもご苦労だね」と掛けた声音は耳心地に珍しいハスキーまじりのテノール。一度聞いたら忘れないような、なんとも言えない美声だ。玉のれんを掻き分ける白魚のような手は、つい見とれてしまうくらいに華奢で艶かしかった。
「ほう? こいつぁなかなか……。察するに高級男娼といったところか」
思わずボソリと漏れてしまった遼二のひと言に気付いて、男娼らしきその男が振り返る。真正面から見た顔立ちは一瞬ギョッとさせられるほどに美しい人形のようだった。
しばしポカンと口を開けたままで突っ立ってしまった遼二に興味を覚えたのか、男娼が歩をとめ、こちらへと視線を向けてくる。
「あの……! ここの店に世話になりたいのだが」
気付いた時には彼に向かって遼二がそう叫んでいた。焔 はその傍らであんぐりとした顔つきでいる。そんな二人の様子が可笑しく映ったのか、男娼らしきは薄い笑みと共に下男に向かってこう言った。
「ご案内して差し上げろ」
それだけ言い残すと、再び白魚のような手で玉のれんを避けて中へと姿を消してしまった。下男はすぐに飛んで来て、「いらっしゃいまし。どうぞこちらへ」と、丁寧に腰を折ってよこす。どうやら店に迎えてくれるようだ。
「旦那様方、こちらへはお初で?」
見掛けない顔だと思ったのだろう、案内しながら下男が問うてくる。
「え……? ああ、そうだ。よろしく頼む」
「左様でございますか。ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです」
「ああ」
「まずはお酒と肴をご用意いたしましょうな。その後でゆっくりとお相手させていただく子をお選びいただけます」
「相手――?」
「ええ、お好みをうかがってから私どもで幾ばかりか男娼を見繕わせていただきます」
お客様方は男前さんでいらっしゃいますから、いい子をご用意させていただきますよと下男は品の良い笑みを浮かべる。
「ああ……。だったらその――今しがたの御仁が良いのだが」
咄嗟に遼二がそう返した。つまり店先で見掛けた白魚のような手をした男を所望したい――ということだ。
「今しがた……と申しますと?」
下男にも言っている意味は分かったようだが、それ以前にひどく驚いた様子でパチクリと目を見開いては見つめ返してきた。
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