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11 高嶺の男娼
「今――そこの店先で会った御仁だ。彼に相手をお願いしたい」
「はぁ、あの……」
下男は困ったように視線を泳がせている。
「おい、カネ! この際、相手など誰でも構わん。これだけの大店だ。どんな男娼でもそれなりの情報は聞き出せるだろう」
下男に悟られないようにと、焔 が日本語に切り替えて袖を引っ張りながら小声でそう囁くも、遼二の方はどうにも先程見掛けた男が気になって仕方ないらしい。
「いや――できればさっきの男が良かろう。あの男はおそらくこの店でも最高峰の男娼なのだろう。いろいろと事情を聞くならヤツのような者の方が話が早い」
確かに一理ある。だが、最高峰の男娼であるなら値の方も最高峰なのは間違いない。
「俺たちはいわば一見 の客だ。銭をケチるわけじゃねえが、あんなのを名指しすりゃあ……どんだけぼったくられるか分かったモンじゃねえ」
珍しくも焦り顔で焔 が冷や汗を拭う勢いでいる。これから先も毎日のように通い詰めることになるわけだから、しょっぱなから大盤振る舞いでは後が続かないというのは統治者たる焔 の採算だ。
「そうケチケチするな。考えてもみろ。手頃な男娼の元に幾度も通った挙句、大した情報も聞き出せねえよりかは、大金叩いてでも一度で欲しいネタを手にできる方が分がいいはずだ。ここはひとつ腹を括ってだな、あの白魚 に渡りをつけた方が利口というもんだ」
「は? 白魚ってなぁ何だ……」
「白魚のような手をしてたろうが!」
「あー……」
その白魚か――と、焔 は目を丸めて口も半開き状態でいる。
「おめえ、ほんの一瞬だったってのにそんなトコまでよく見てるもんだな……」
「人聞きの悪い言い方をするな……! 観察力が鋭いと言ってくれ。そんなことより……せっかくのチャンスだ。あれに決めた方がいい」
俺の勘だ――と、口をへの字に結んで遼二は鼻息を荒くする。数度通って資金を小出しにするも一度で高嶺の花を買うも、結果は変わらないだろうというのが彼の言い分なのだ。先程の男なら間違いなく格が高いに違いない。つまり、それだけ持っている情報の質も高い――と、遼二はそう言うのだ。
「……ま、まあ、確かにな。だが一見が花魁を指名するようなもんだぞ? 店側が素直に『うん』と言うかどうか」
ヒソヒソとそんな話をしていると、当の白魚の男がフイと姿を現したのに驚かされることとなった。
「お客さん方、日本のお人か?」
流暢な日本語でそう話し掛けられて唖然――。焔 も遼二も苦虫を噛み潰したような顔つきで互いを見合うのが精一杯だった。
「今、日本語で話しておいでだったろう?」
白魚の男はニヤっと意味ありげな薄い笑みを浮かべる。
「……あんた、日本語も話せるのか?」
遼二が訊くと、男は再び不敵に口角を上げてうなずいた。
「やっぱり日本のお人か。いいよ、こっち来て」
白魚の手でクイと手招きと共に、下男に向かって酒の用意を――と、今度は広東語でそう指示をくれた。下男は驚きつつも言われた通りに酒を用意すべく下がっていった。
案内されたのは装飾の美しい雅な部屋だった。もしも彼が本当に最高峰の男娼なら確かに相応しいといえる。相変わらずの美しい所作とは裏腹に、ひどくフランクな口調で「まあ掛けなよ」と椅子を勧めてくれた。
「はあ……ではお言葉に甘えて失礼する」
焔 も遼二もおずおずと椅子を引いて腰を落ち着けた。
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