20 / 135
19
その後、紫月 の言葉に甘えて今晩はここに泊めてもらうことになり、焔 はこの雪吹冰という少年と一晩掛けてじっくり話し合うこととなった。その間、遼二の方は紫月 自らが相手を買って出てくれるという。
「すまねえな、兄さん。男遊郭の頭であるアンタに直に相手させちまうなんて」
遼二は申し訳なさそうに頭を下げたが、紫月 は気にするなと言って笑った。
「いいってことよ! どうせ暇だし、日本の話でも聞かせてよ」
「ああ、恩にきるぜ」
こうして焔 は冰少年と、遼二は紫月 と共に一晩を明かすこととなったのだった。
◇ ◇ ◇
焔 らには普段紫月 が応接用として使っている客間の中から一室を当てがってくれた。男遊郭の頭である彼専用というだけあって、たいそう格調高い雅な設えの部屋だ。緊張の為か身を固くしたまま突っ立っている冰に、焔 は椅子を勧めた。
「まあ座れ。俺は周焔 という。城壁内の人々が安全に暮らせるよう目を配る務めを担っている者だ」
「あ、はい……。雪吹冰と申します」
冰もまた、城壁の皇帝の存在は知っているのだろう。先程と同様に膝を折って深々と挨拶を返す。その仕草に焔はクイと瞳を細めた。
「お前さん、それ――」
「は――」
「その挨拶の仕方はここに来てからそうしろと教わったのか?」
胸前で手を合わせて敬意を示すなど、まるで古 の宮殿に仕える従者の如くだからだ。ところがどうもここで教わったわけではないらしかった。
「いえその、これはじいちゃん……」
じいちゃんに教わった――と言い掛けて慌てて言い直した。
「僕を育ててくれた父に教わりました」
つまり黄 老人によって教えられたということらしい。特にこの城壁内に移って来てからは、目上の者に対しては極力そうするよう心掛けろと教わったそうだ。
「黄 の爺さんか。さすがにご立派な教育をされる」
焔 の口から黄 老人の名が出たことで、冰は驚いたように瞳を見開いた。これまでは緊張の為かこわばらせていた身体を乗り出すようにして焔 を見つめてきたのだ。
「あの……! じいちゃんをご存知なのですか?」
「ああ。実はな、その爺さんの為にお前さんを捜しにやって来たのだ」
「……では、じいちゃんが僕を捜すように皇帝様にお願いしたのですか?」
「いや、直接爺さんからそうして欲しいと言われたわけじゃあねえんだが。黄 の爺さんには俺の親父――というか祖父の代から世話になっているのでな。その爺さんが――お前さんがいなくなっちまったとえらく心を痛めている。あのご老体にもかかわらず、日々お前さんを捜して方々を駆け回っているんだ。そこで俺がさっきの鐘崎遼二と共に捜索にやって来たというわけだ」
「そうだったのですか……。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
冰は丁寧に詫びながらも、老人がどうしているかと気になるのだろう。心許ない表情で肩を落とした。
ともだちにシェアしよう!