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きっと彼はああした触れ合いには慣れているのだろう。相手の機嫌を損ねることなく、いかにも自然に手を離した仕草は見事だった。彼は男遊郭を取り仕切るほどの高級男娼だ。これまでに言い寄ってきた客も数え切れないほどいるのだろう。その度に今さっきのようにしてやんわりと男たちの誘惑や下心をかわしてきたに違いない。遼二にとって驚愕だったのは、無意識とはいえ咄嗟に彼を引き留めんとばかりに、その手を掴んでしまったことだった。
(俺、何やってんだ……)
彼が席を立ったあの瞬間、まだ離れたくはないとでも思ったのだろうか。
(……ッ、確かに訊きてえことは山とある……。この遊郭街の内情然り、頭という人物についての詳しい情報然り。それと同時に彼の生い立ちや家族のこともそうだ。物心つく以前からこの街に来たというなら、彼をここへ連れて来ただろう両親はどこの誰で、どんな理由でこの遊郭街に住み着くことになったのか――)
それらを知ることは今回の仕事の一環でもあるのは事実だ。だが、それ以前に彼自身への興味が『手を掴んで引き留める』という行動に出てしまったようにも思う。
一等最初にここの店先で見掛けた時から言いようのない興味を覚えたのは確かだ。単に綺麗な男だなという以前に、わけもなく胸が逸り、心拍数が騒ぎ出し、焔 の意見を半ば強引に押さえてまであの紫月 という彼を名指ししたいと強く思った。
なぜにこれほど気に掛かるのか――。
そっと彼の寝所に腰掛けては小さな溜め息がこぼれてしまう。絹で設えられた掛け布団をそっと撫で、そこに彼の温もりを思う。
普段、彼はここで横になり、休んでいるのだろうと想像すれば、次第にゾワゾワと下腹のあたりが熱くなりそうになって、遼二はハタと我に返った。
(は――! はは……まさかな……。そう、こいつぁ仕事だ。冰という少年をここから救い出す為の一環だ。あの紫月 に近付きたいのは仕事の為――だ)
幾度も自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着けんと大きく深呼吸をする。
「マジで……何やってんだ、俺は――。第一ヤツは野郎だぞ?」
焔 や台湾マフィアの楊礼偉 と同じ男で、例え親しくなれたとしてもせいぜい信頼のおける友人という間柄に過ぎない。
焔 と冰少年の婚約という話の流れが、ほんの一瞬妙な迷いを引き起こしたに違いない。遼二とてこれまで同性相手にそういった意味での恋情を持ったこともないし、例えば恋だの情事だのをするなら相手は異性であって、彼のような同性ではないからだ。
「野郎同士で婚姻――かぁ」
恐る恐るというように遠慮がちに床に横たわれば、フイと鼻をくすぐる彼の仄かな香りに大きく胸が鳴る。
結局まんじりともできないまま、夜が白む頃になってようやくと睡魔に誘われた。そんな艶めかしくも奇妙な晩だった。
◇ ◇ ◇
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