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「俺は接客用の部屋がいくらもあるから。遠慮しねえでここ使ってくれて構わねって」 「けどそれじゃ申し訳ねえ。俺がその接客用の部屋を貸してもらっても――」 「正直に言っちまうとね、今夜アンタらがここを訪ねて来たことが知れたら塩梅が良くねえのよ。頭目にはあの冰君が皇帝様の婚約者だったってことにしてえわけだからさ。ここで俺たちが内密の策を練ったことが知られちゃまずい。ここにはさっきの菫の他にも人の目はあるからな。警戒するに越したことはねえってことさ」  今夜ここで練った策については絶対に伏せておきたいのだと紫月(ズィユエ)はそう言った。裏を返せば頭目という人物はこの遊郭街に於いて非常に強い権限を持っているということになる。例え男遊郭を仕切る紫月(ズィユエ)であっても、そうそう好き勝手には物事を決められないということなのだろう。  それでも尚、危険を冒してでもあの冰を救い出してくれようとする気持ちが有り難くてならない。遼二は心から頭の下がる思いでいた。 「……そうか。それもそうだな」  とはいえ、やはり私室の寝床を借りるのは気が引けると言わんばかり遠慮する遼二に、 「お堅えのな。だったら一緒に寝るか?」  ニッと悪戯そうな笑みを見せて、すぐに「なぁーんてな!」と言って笑った。 「冗談だって! マジで遠慮はいらねえからゆっくり休んで」  そう言い掛けた白魚のような手に――気付けば遼二は己の掌を重ねていた。 「アンタがいいなら――俺は構わねえ。一緒に寝たところで俺は客じゃねえ。邪なことはしねえと誓うし――」 「あ――?」  キョトン――。くっきりとした大きな二重の瞳を見開く紫月(ズィユエ)から――しばし視線を外せなかった。  互いに見つめ合ったまま時が止まる。  咄嗟のことでつい口が滑ってしまったが、よくよく考えてみれば男遊郭のトップである彼が一見に違わぬ男を相手にそう易々と床を共にするはずもないということだ。 「……すまねえ。つい、その……。失礼な物言いだったか……。まだ訊きてえことは山とあるが、あんたも忙しいだろうしな。あの、それじゃ遠慮なく言葉に甘えさしてもらう」  挙動不審というくらいに何とも言いようのない表情で、遼二は苦笑いするしかできなかった。そんな様子にクスッと小さな笑みを漏らすと、 「ああ。遠慮せずにゆっくり休んでな!」  紫月(ズィユエ)はそう言って白魚のような手をごく自然に引っ込めた。 「おやすみなぁ」 「あ、ああ……どうも」  相変わらずの優雅な所作で部屋を出て行く後ろ姿を見るともなしに見つめながら、遼二は温もりの残る自らの手に視線を落とした。  自分でも無意識に掴んでしまった彼の手――。それをスマート且つ自然に離して去って行った所作のひとつひとつがスローモーションのように脳裏を巡る。

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