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「正直自分でも嫌になるよ。俺自身は何の苦労もせずに男娼たちに色を売らせるわけだから。それが遊郭の仕事だと分かっちゃいても……彼らには申し訳ねえ気持ちでいっぱいになる」  日々罪悪感を背負いながら生きてきたのだと、言葉にはしないながらも彼の横顔にはそんな憂いが滲み出てもいるようだった。 「なあ遼生(リャオサン)」  そう呼び掛けられて遼二はハタと視線を上げた。つまり「(りょう)さん」と丁寧に呼ばれたということだからだ。 「紫月(ズィユエ)――俺への気遣いは無用だ」 「――? ああ、ごめん。あんた日本のお人だもんな。遼さんとか遼二さんって呼んだ方がいい?」 「いや、遼でも遼二でも構わねえ」  そう言うと紫月(ズィユエ)はやわらかな笑みを浮かべてくれた。 「いいのか? アンタ、俺よか歳上に見えたからさ」  だから『さん付け』してくれたわけか。 「二十七だ。だが本当に気遣いは必要ねえ。俺も紫月(ズィユエ)と呼ばせてもらうことだしな」  少しはにかんでそう言うと、「じゃあ遠慮なく」と、紫月(ズィユエ)は嬉しそうな笑みで応えた。 「そんなら(りょう)――な? 俺はさ、物心つく前からここで育って、ここ以外のことは何も知らねえ。ガキの頃からここの人間が色を売って生きることも当たり前だと思って生きてきた。けどな、思うんだ。誰だってそういうことは心から好いた相手としてえに決まってる。来る日も来る日も見ず知らずの客と寝て、いかに食う為とはいえそれが決して幸せなことじゃねえってのは痛えほど分かる。遊郭なんてそんなところだと……誰もが諦めて生きてかなきゃなんねえなんて……。俺はそれに目を瞑ってていいのかってさ」 「――紫月(ズィユエ)……」 「俺はもっと……色ばかりじゃなくて、例えば舞踏や会話、二胡や笛での音楽、そういった芸事で客を楽しませる花街があってもいいんじゃねえかって思う。毎日皆んなで切磋琢磨して芸を磨いてさ、そうすれば男娼も遊女もこの仕事に誇りを持って生きられるんじゃねえかって」 「誇り……」 「いつか――いつかさ、この街をそんなふうな質の高い花街にできたらいいって」  理想だけどなと言って紫月(ズィユエ)は寂しそうに笑った。 「質の高い花街――か。そうだな。酒場はこの城壁内に限らずどこにでもあるが、ここでしか味わえない素晴らしい芸事を楽しめる花街であれば貴重だろうな」 「まあでも、それは理想だよな。俺がどう思おうが遊郭街を仕切ってるのは頭目だ。情けねえ話だが頭目に意見できる立場でもねえし、実際勇気もねえ。こんな俺だ。てめえの腹の中だけで理想を持て余してるのが現実だ。ほとほと自分が嫌になるってもんだよ」 「紫月(ズィユエ)――。ところでその……」  頭目というのはいったいどういう人物なんだ――? そう訊こうと思った矢先、わずか早くに紫月(ズィユエ)のひと言にその先の会話を塞がれてしまった。 「ああ、すまねえ。辛気臭え話をしちまったな。けど……せめて今はあの冰君って子だけでも救ってやりてえよな」  冰君が皇帝様の提案を受け入れてくれればいいんだけど――と言って紫月(ズィユエ)は小さな溜め息をついた。 「じゃあ、そろそろ休む? ここのベッド使ってくれよ」  椅子を引いて立ち上がる紫月(ズィユエ)を見上げながら遼二は訊いた。 「アンタは――?」 「え?」 「アンタはどこで休むんだ? ここはアンタの部屋じゃねえのか?」  自分だったらソファでも借りて寝れば充分だと言う遼二に、紫月(ズィユエ)は穏やかに微笑んだ。

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