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50 お役目様

 遊郭街、朱雀館――。  亥の刻少し手前になると、鐘崎父子(おやこ)は打ち合わせた通りの変装を施して遊郭街へと乗り込んだ。二人、共に三日間剃らずに伸ばした無精髭姿で、髪も敢えてセットせずに乱した風来坊ふうの出立ちだ。特に遼二の方は初老に見えるよう即席のヘアスプレーで白髪混じりにし、肌には皺を書き足す化粧で完全な変貌ぶりだ。僚一は頬に大きな傷痕の化粧を施した上に髪で顔を覆うようにして、歩き方もぞんざいな足取りを心掛ける。  助っ人として組番頭である源次郎にも別口の客を装ってもらい、同じく朱雀館に入り込んでくれるよう段取りを敷いた。紫月(ズィユエ)の邸には(イェン)が自らの側近である(リー)(リゥ)を引き連れて、椿楼の警備に当たった。  遊郭街は奥へ進む程に雰囲気が変わっていき、それは店の構えが貧素になっていくというのもあるが、行き交う人々の様相も次第に危うさを増していく。 「なるほど……。大門のある辺りとはえらく雰囲気が違うな」  遼二が驚きに目を見張っている。まさにスラムを思わせるような何とも形容し難い雰囲気だ。ともすれば、店の軒を出た男娼が道行く客の腕を引っ張って裏路地あたりにしけ込むような光景もチラホラと見受けられる。 「……ッ、あれじゃまるで夜鷹じゃねえか」  遼二が眉根を寄せながら嘆きを口にする。紫月のいる大店が江戸吉原の名高い遊郭とすれば、ここはさしずめ岡場所といったところか。明らかに酒に酔った男娼が客にしなだれ掛かる様子には、自然と眉間の皺が深くなりそうだった。  とにかくも客引きを振り切って朱雀館へと潜入する。二人は酒と肴で半刻ほどを大人しく過ごすことにした。  そろそろ亥の刻だ。  始めるとするか――という僚一からの目配せを受けて、まずは遼二が酒の肴に対する不満を並べ立て始めた。次に僚一が男娼に絡み出し、次第に二人揃って料理や酒の瓶をひっくり返すなどの乱暴な行為に出る。  男娼は二人いて、それぞれ僚一と遼二に付いて酒の相手をしていたが、こう暴れられては収めようがないと尻込み状態でいた。座敷の外にまで響く怒号と男娼らの悲鳴を聞いて、朱雀館の主人(あるじ)らが慌てて駆け付けて来るまでの流れは目論見通りだ。 「お客様……どうかお鎮まりくださいませ……!」  必死に仲裁に入るも僚一と遼二父子(おやこ)の暴挙は止まらない。困り果てた館の主人(あるじ)がついには助っ人を呼ぶ事態と相成った。 「お……お役目様に連絡を! お早く来てくださるようにお伝えするのだ!」  それを聞いて僚一は内心でニヤりと笑んだ。お役目様というのは仲裁役の飛燕のことだろうからだ。  しばらくするとその男はやって来た。  髪は長く、肩を通り越して背中に掛かるくらいまで伸びている。少し白髪まじりではあるが、無造作に額を覆う髪と色白の頬が妙に艶めかしくもある。  だが、相反して視線だけはまるで隙のないほどに鋭く()きた目をしていた。  そんな男の腰元には二振りの日本刀が携えられていて、身に纏っているのも中華服ではなく和の着物――。まるで時代劇さながらの浪人のような風貌であった。 「お役目様! お待ちしておりました……! お手を煩わせまして恐縮に存じます」 「いや――問題ない。しかしまあ、なるほど派手にやらかしてくれたものだ」  薄く口元に弧を描き、いやに堂々としていてふてぶてしい。――が、その身体のどこにも隙がない。館の主人らは彼の背中に隠れるようにしてビクビクとこちらを窺っていた。 「主人(あるじ)店子(たなご)を外へ。ここは引き受けた」 「は……! では後のことはお願いいたします、お役目様……」  そう言うと、主人は男娼たちを連れて逃げるようにこの場を後にしていった。

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