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側近、手下、羅辰 以外は全員が気を失って床に転がされている。完敗だった。
「クソ……ッ! 本気で……こ、この私を手に掛ける気か……! これまで……貴様の言う通り……紫月 を売り物にしないでやった恩を忘れおってからに……!」
紫月 を売り物にしないでやった――やはりこの羅辰 と飛燕の間ではそういった約束が交わされていたということか。
「経営権をこの周一族に引き渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」
静かにそう言った飛燕に、さすがの悪党も後はないと覚悟したようだ。
ガックリとうなだれながら、無言のまま小さくうなずいてみせた。
「では行け」
早々にここから立ち去るがいい、刃を鞘へと収めた飛燕にチラリと視線をくれると、わずかの隙をついて羅辰 は猛ダッシュで紫月 に飛び掛かろうとした。
その手には懐に隠し持っていたナイフが握られており――。
意識を父の飛燕に取られていた紫月 は、一瞬防御の対応が遅れた。
「紫月 ッ――!」
危ねえ――!
ナイフが紫月 の心臓目掛けて突き立てられたのを寸でのところで振り払い、腕の中に抱き包んだのは遼二だった。
すぐに焔 が羅辰 の足元に一撃をくれ、蹴り飛ばす。悪党は顔面から床へと突っ込んではゼィゼィと肩を鳴らした。
「クソ……ッ、クソぅ! 貴様ら、覚えていやがれ!」
そう吐き捨てると街の出口とは反対方向にある自らの邸の奥へと走り去って行った。
「――ヤツめ、何を考えていやがる」
「籠城でもするつもりか?」
ここは地下街だ。地上への出入り口といえば、九龍城砦から繋がる一ヶ所しか無いことは誰もが知っている。僚一と隼 が呆れ気味で首を傾げたが、そうではないと言って飛燕は微笑を見せた。
「このまま逃亡するつもりだろう。あいつは邸の奥に隠し通路を掘っているのでな」
隠し通路だと!?
どうやら羅辰 はこの地下街に来てからというもの、密かに九龍湾へと繋がる抜け穴の建造を行っていたというのだ。
誰もが逃していいのかと一瞬焦らされたが、飛燕は放り置こうと言って苦笑した。
「どうせこれまで金庫に溜め置いた金を持って潜水艇で湾へ逃れる気だろう。だが、案ずるには及ばない。ヤツの行く先は決まっているからだ」
「行く先だって? ヤサを知っているのか」
「ああ――」
飛燕はこの二十数年の間、ずっと羅辰 のすぐ側で生きてきた。当然、彼についての詳しい情報を掴んでいるといったところのようだ。
「とにかく――ヤツのことは心配せずとも大丈夫だ。逃げたところで自滅は決まっているからな。我々が手を下す必要はない」
「自滅だと? 飛燕、どういう意味だ」
僚一が訊く。
「私はあの男が使おうとしている潜水艇を直にこの目で見てきた。ヤツが貯め込んだ財産を全て積め込めば、潜水艇はおそらくその重さには耐えられまい。浮上する前に沈むか、あるいはヤツが財産を半分以上諦めて自分の身を優先する頭があったとしても――だ。逃げ切った先では制裁が待っているだけだ」
「制裁だと? 羅辰 にはまだ上が存在するというのか、飛燕?」
「それについては後程きちんと説明しよう。それよりもこの者たちを何とかせねばな」
床で伸びている者らを見下ろしながら飛燕は小さな溜め息をついた。
羅辰 は手下を置いて一人逃げたが、残された者たちも皆、平気で極悪非道なことを重ね続けてきたことに違いはない。峰打ちだけで済ませたので、いずれは目を覚ますだろう。残党を残しては後々面倒だ。
「それについては問題ない。私が処理しよう」
そう言ったのは焔 の父・周隼 だった。
隼 は各地に様々なコネクションを持つ香港裏社会の頭領 だ。非道な者たちだからこそ使い道があるような仕事先をいくらも知っているのだ。
「この地下街はもちろんのこと、二度と人々に迷惑の掛からない場所で使ってやろう」
いわば適材適所というわけだと言って微笑した。
とにかくはこの遊郭街において、長い間悪の枢軸たる存在だった羅辰 を追い出すことが叶い、ひとまずは肩の荷が降りたわけだ。無理やり誘拐されてきた少年少女らを解放し、今後の遊郭街の在り方についても改革が練られることとなった。
皆は一旦、焔 の邸へと向かい、そこで飛燕と紫月 の父子からこの二十数年の出来事について詳しく聞くことと相成った。
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