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 (イェン)邸、中庭――。 「ところでカネ。お前さん、俺たちと人生を共にしたいなどと言うが、実のところ本当に共にしたいのは俺たちではなく紫月(ズィユエ)と――ということじゃねえのか?」  これから事務所を構える(イェン)邸の庭を見て歩きながらニヤっと不敵な笑みで友を見やる。 「バ……ッ! 何を急に」 「照れるな。俺にはちゃんと分かってるんだ」  冷やかすような視線を向けられて遼二はタジタジだ。 「そ、そりゃまあ……遊郭街を立て直すに当たって紫月(ズィユエ)とは今後も密に連携を取っていかにゃならんしな……」 「連携ね。まあいい。どうであれお前さんが側にいてくれれば俺は万々歳だ。これまで目の届かなかった細かいところまで気に掛ける余裕ができるわけだからな」  何もかもお見通しというように微笑まれて、遼二は参ったとばかり額に手をやってしまった。 「そういうお前さんこそどうなんだ」 「どうとは?」 「例の雪吹冰のことだ。遊郭街から羅辰(ルオ チェン)がいなくなった以上、もう冰は本当の意味で自由だ。婚姻の必要も無くなったのだろう?」  ところがどういうわけか、遼二らが(イェン)邸を訪れた際にあの冰が共に住んでいるらしいことを知った。つまり、本来ならば(ウォン)老人の住む居住区にある自宅に戻れるはずなのだが、(イェン)はそのまま冰を自分の邸に留めているというわけだ。しかも老人も一緒に――だ。  遼二は一之宮父子(おやこ)と共にここひと月の間は日本に帰っていたわけだが、戻って来てみると未だ老人と冰が(イェン)の邸で暮らしているらしいことを知って、驚かされたというところだった。 「それなんだがな――冰と爺さんには引き続きここで住んでもらうことにしたのだ。爺さんにとってもカジノに通うにはここからの方が断然近い。それに、あのボウズにはいろいろと不憫な思いをさせてしまったからな。婚姻云々は置いておいても……俺の邸で暮らす方が居住区にいるよりは多少なりと楽もさせてやれると思ってな」 「では……今後も引き続き共に暮らすというわけか」 「まあ、そういうことだ」  ポリポリと頭を掻きながらも(イェン)の頬がわずか朱に染まったように思えて、遼二は思わず瞳を細めてしまった。 「こいつ……俺と紫月(ズィユエ)のことをどうこう言えた義理じゃねえな?」 「いや、その……まあな。ボウズにとっても憂いが無くなったからといって、さあ家へ帰れと言うのも酷な話だろうが。既に引っ越しも済んでいたことだしな……。このままここで暮らしてはどうかと俺が提案したわけだ」 「つまりは――なんだ。おめえもあのボウズを手放すのが惜しくなったというわけか」 「……惜しくなったとは言い草だな。俺ァ、何も(ヨコシマ)な気持ちでそうしてるわけじゃ……」 「そう照れるなって」 「照……ッ! 誰が照れてるだ、誰がー! 貴様こそあの紫月(ズィユエ)と離れたくなくてこの香港に戻って来たんだろうがー」 「はぁ!? 俺ァ、そんな……」  二人、肩を突き合いながら頬を染め合う。と同時に、どちらからともなく吹き出してしまった。 「ま、まあ……こまけえことは言いっこなしだ」 「そうだな。これからやらにゃならんことも山積みだ。互いに助け合っていこうじゃねえか」 「そうこなくっちゃ!」  ハハハと声を上げて笑い合う。  この先もきっと様々な困難が待ち受けているだろう。幸せで楽しいことも待っているだろう。  行く先にどんなことがあったとしても、互いが、そして信じ合える仲間が共にあればそれはきっと明るい未来に違いない。  裏社会に生きる男二人、友情を確かめ合いつつ未来への期待に胸膨らませる。そんな晩夏の午後であった。 ◇    ◇    ◇

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