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「まあいいわ。分かればいいのよ。ところであなた、フレイからアタシのことは聞いていなくて?」
「いえ……」
「そう。だったら今教えてあげるわ。アタシと彼はね、大人の付き合いをしている仲なの」
「大人の付き合い……」
「学生のあなたにはまだよく意味が分からないかしら? いわゆる男女の仲っていうこと! ずっと懇意にしていたし、デートもしてたわ」
男女の仲――という意味はなんとなく想像でしか解らないが、デートの方は理解できる。つまりこの女性は焔 の恋人ということなのだろうか。冰はそう思った。
「あの、お姉さんは焔 ……いえ、皇帝様の恋人さんですか?」
恋人という言葉に気を良くしたのだろうか、女は先程までとは打って変わって機嫌の良さそうに笑顔まで浮かべてよこした。
「まあね、そんなところよ。だけどね、ここ最近は満足に会うことさえ叶わないわ。原因はあなた! あなたが来てからというもの、フレイは忙しい忙しいってばかり言って、デートのひとつもできやしないのよ!」
つまり、女が言いたいことはこうだ。冰が皇帝邸に住むようになったことで、焔 から相手にされなくなってしまった。イコール邪魔な存在だという意味なのだろう。
焔 からは恋人がいるとは聞いていないし、まさか自分が原因で彼女との仲に支障をきたしているなどとは思いもよらなかった。
だが、それが事実なら申し訳ない。素直で純粋な冰には、まさかこれが女の嫌がらせだなどとは夢にも思わなかったのである。
「……そう……だったのですか。申し訳ないことをいたしました。ご迷惑にならないようにいたしたいと存じます」
謝罪を口にした冰に、女の方は案外話が分かる子供だと、ますます溜飲を下げたようだった。
「分かってくれればそれでいいのよ。聞くところによるとあなた、ここの遊郭街に売り飛ばされたそうじゃない。そんなあなたを助ける為にフレイが婚約者と偽ってあなたを自分の邸に引き取ったって聞いたわ。でもそれももう解決したんでしょ? だったらいつまで彼の厚意に甘えていないで、家に帰るべきじゃなくて?」
要は出て行けということか――。
「はあ……あの、はい……。では父とも相談してすぐに対応を……」
「話が分かるじゃないの。言っておくけど、アタシが訪ねて来たことはフレイには内緒にしておいてね! 万が一にも告げ口なんかしないでちょうだい!」
これ以上アタシと彼の仲を割くようなことはしないでよ! と、言いたげな女に、とにかく深々と頭だけを下げてその場を後にした。
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