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一方、遼二の方は遊郭街の紫月 の元を訪れていた。冰らが皇帝邸を出て行ってしまったことについて相談する為である。
当然か、紫月 もまたひどく驚いたようであった。
「冰君たちが――? なんでまた……」
それにしてもえらく急な話だなと、腕組みをしながら眉をしかめる。
「これといった理由は焔 自身も聞いていないそうだ。ヤツの思うに、二人がこのまま皇帝邸に居れば、いずれ焔 に迷惑がかかると思っているんじゃねえかと――」
「つまりは――なんだ、例えば将来的に皇帝様に結婚話とかが持ち上がったりした場合のことでも心配してるってことか?」
「焔 の言うにはその逆も考えられるんじゃねえかと――」
「逆? ってことは、冰君に彼女でもできた際にいろいろと不都合が生じるってことか?」
「焔はそう考えているようだ。冰にとっては自分のような男と結婚するよりは、普通に女を娶って、爺さんに孫の顔のひとつも見せてやれる方が幸せなんじゃねえかとまで言ってな」
「孫の顔――か。分からねえでもねえけど……」
だが、それなら遊郭街から羅辰 が消えて憂いが無くなった際にそうしていても良かったのではないかと紫月 は言う。
「本来、皇帝様と冰君の婚姻話は遊郭街から救い出す為の策だったわけだ。お邸を出て行くってんなら時期が違うんじゃねえの?」
互いの将来を気に掛けて――というなら、黄 老人は羅辰 の権力が破綻した時点で暇 を考えたはずだ。だが二人は引き続き焔 邸で暮らすことを受け入れてきた。
「老黄 と冰君の意思というより、外部から何らかの圧力でも受けたのかな」
「圧力か――」
「うん……。まあ圧力っつっても、実際には些細な嫌がらせ程度かも知れねえけどさ。例えば老黄 のカジノ仲間からのやっかみって線もあるべ? 一 ディーラーが皇帝様のお邸にご厄介になってるなんてお門違いだ――とかさ。好き勝手に言う輩はどこにでもいるからな……。または冰君の同級生からの嫌がらせって線も考えられなくはねえ」
「つまり――爺さんか冰のどちらかが同僚やクラスメイトに嫌味でも言われて、それを気にした二人が元いたアパートに帰ることにしたってことか……」
まあ、理由が必ずしもそうとは限らないだろうが、可能性としては有り得ない話ではない。
この地下街に暮らす者にとって皇帝の存在は確かに大きい。そんな彼と知り合いというだけでも嫉妬や憧れの感情を持つ者も多いだろう。ましてやそのお邸で一緒に暮らしているなどと聞けば、嫌味のひとつくらいぶつけられても仕方ないといったところか。
「――にしても、話が唐突過ぎるよな。なんなら俺が冰君に直接訊いてみるか」
一時期は自分の管理下で教育生として暮らしていたわけだ。冰にとって紫月 は未だ兄様という認識だろうし、焔 には言い難いことでも、自分にだったら理由を話してくれるのではと紫月 は言う。
「うむ、世話を掛けてすまねえがそうしてくれるか? 俺の方は爺さんと冰の周囲をそれとなく当たってみようと思う」
遼二は誰か嫌がらせ的なことをした者がいないかという面から探るという。
「了解。そんじゃ明日にも冰君をここへ呼んで茶でもすべ!」
親身になってくれる紫月 に、遼二は有り難い思いでいっぱいだった。
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