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その夜、遼二は早速に変装を纏ってカジノへと出掛けた。遠目から黄 老人とそのお仲間たちの様子を窺う為である。
ところが、老人にこれといって変わった様子は見られず、ディーラー仲間にもやっかんでいるような素振りは見受けられなかった。
黄 老人はこの世界では神技と讃えられてきたほどに腕のいいディーラーだ。誰もが彼を尊敬し、一目置いている。というよりも、そんな彼だからこそ周一族にも認められたのだろうと誇りに思われているようだった。
(爺さんの方には問題なし――か)
とすれば、仮に嫌がらせを受けたとするなら冰の方だろうか。次の日を待って遼二は冰の通う学園を訪れてみることにした。
放課後、冰の方は紫月 から声を掛けてくれているので、椿楼へ向かうはずだ。遼二は校門付近で冰が出て行くのをこっそりと見送った後、下校してくる生徒らに事情を訊いてみることにした。ちょうど冰と同じクラスだと思われる男子生徒ら数人に声を掛けることが叶って、早速に探りを入れてみる。
「雪吹 の様子……ですか?」
「ああ。ここ最近で彼について何か気付いたことはねえか? 些細なことでも、何でもいいんだ」
「そうですねえ……」
何かあったっけ? と、学生らは互いを見合う。
「そういえばここンところ元気がないように見えるかな」
「だよな。あいつ、誘拐事件に遭ったって聞いたけど、無事に帰って来てからはそんなことがあったにもかかわらず元気だったのにさ」
「ここ一週間くらいは昼メシも殆ど手をつけないでさ」
昼時になると教室を出て屋上へ行ってしまうそうなのだ。
(一週間――か。ということは、その頃に何かヤツにとって気に掛かることが起きたということだろうか)
「冰君が事件に巻き込まれたことは――キミらも知っているんだな?」
「はい。なにせあいつ、一ヶ月以上も無断欠席でしたもん。けど、理由を聞いてビックリでしたよ!」
「そうそう! まさか拉致されてたなんてさぁ。それもここの遊郭街だっていうじゃないですか!」
驚いたよなと、クラスメイトらはうなずき合っていた。
「けどまあ、納得っちゃ納得だよな。雪吹 ってめちゃくちゃ綺麗な顔立ちしてるから」
「男娼になればトップを取れるくらい売れただろうなって」
この地下街に暮らす者たちは殆どの人間が遊興に携わる商売で生計を立てている。バーやクラブ、ホテルにカジノ、遊郭街もその内のひとつだ。子供たちにとっても生まれた時からこの世界に身を置いてきたことに変わりはない。まあ、中には食料や日用品を扱う堅気の商売をしている親の子供もいるにはいるが、地下街全体がいわゆる夜の街だという認識は雛の刷り込みのようにして自然と意識にあるわけだ。地上の――一般的な堅気とは一線を画すところではある。
彼らもまた、あと数年で社会人となればこの地下遊興街で家業を継ぐことになる者が殆どといえる。ゆえに夜の商売に関しても、今更それがある一定の大人たちに限られた世界ではないことを身をもって自覚しているのである。
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