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83 暴かれる企て

 翌日、クラブ・ルーシュ――。  レイ・ヒイラギは遼二の父親のこともよくよく知った懇意の仲だったらしく、(せがれ)の遼二に会えたことをたいそう喜んでくれた。息子の倫周(りんしゅう)は朗らか且つ明るい性格で、特に一番年齢の近い紫月(ズィユエ)とはすぐに意気投合したようだ。二人でテーブルの端っこを陣取り、スイーツの話題などで盛り上がっていた。 「紫月(ズィユエ)君も甘い物には目がないんだ? 実は僕もなんだよー! ケーキとかパフェとか最高だよね!」 「倫周(りんしゅう)君も? 嬉しいなぁ! 野郎で甘いモン好きってなかなかいなくてさ。同胞が見つかって嬉しいべ!」 「うんうん、今度一緒にスイーツ巡りしようよー!」 「マジ? 是非是非!」  この街に来て以来、外の世界にはおおよそ縁のなかった紫月(ズィユエ)だが、羅辰(ルオ チェン)が居なくなって何かと締め付けられていた拘束から解放された今、城外へ出ることも自由になった。(イェン)や遼二という同世代の友もできて、たまに地上の街を散策するのがここ最近の紫月(ズィユエ)の楽しみになってもいた。これまでも高級妓楼で衣食住に苦労はなかったといえるが、こんなふうにスイーツ巡りなどができるようになったことは非常に幸せなのだ。 「僕も生まれは日本だけど、レイちゃん――っていうか僕の父ね。父の事務所がここ香港なんだ。物心ついた時からずっとこっちに住んでるからさ、今度地上の街を案内するよー」 「うわ、楽しみー! 約束なぁ!」 「もちろんだよ!」  倫周(りんしゅう)は幼い頃から父親のことを「お父さん」とは呼ばずに「レイちゃん」と呼んでいるらしい。モデルという仕事柄のせいか、いつになっても永遠の二十歳(はたち)を自負するレイがそう呼ばせているそうだ。だからか、この二人を見ていると父子というよりは友達のような関係性が微笑ましい。良き友が増えそうな予感に、紫月(ズィユエ)の気持ちも明るく晴れ晴れとなるのだった。  一方、盛り上がるそんな二人を他所に、(イェン)と遼二はリリーを前に例の話題についての機会を窺っていた。  店に着いてからの彼女の様子は特に変わったところは見受けられなかったが、彼女もこの世界ではプロだ。例えば本当に冰に何か嫌味のようなことを言っていたとしても顔に出すことはしないだろうか――。  と、そこへタイミング良くレイが冰についての話を持ち出してくれた。まさに絶好だ。 「そういや(イェン)。お前さん、カジノの老黄(ラァオ ウォン)と一緒に暮らし始めたと聞いたが?」  (イェン)も、そして遼二もチラリとリリーの様子を窺いながら素知らぬ素ぶりで相槌を返した。 「それなんだがな――。爺さんたちはつい先日俺の邸を出て行っちまったんだ」 「出て行った? そりゃまたなんで?」  レイがつまみのチョコレート菓子を無造作に剥いて、口に放り込みながら首を傾げる。 「(スェン)から聞いた話じゃおめえさんも老黄(ラァオ ウォン)も――それに息子の冰だったか? えらく睦まじく暮らしていたそうじゃねえか。(スェン)もファミリーから一人おめえさんをこの九龍城砦地下街に住まわせたことを気に掛けていてな、寂しい思いをさせていりゃあいけねえって胸を痛めていたからな。老黄(ラァオ ウォン)と冰が一緒に住んでくれることになって、おめえさんも楽しそうな様子だと安心してたってのによ」  どうしてまた急に出ていくなんてことになったのだと訊く。 「理由は俺にも分からんのですよ。(ウォン)の爺さんも冰も、やはり俺と一緒の生活では息苦しかったのかと、ちょっとへこんでいたところでして」  (イェン)のそのひと言に驚いたのはリリーだ。お代わりの酒を作りながら、ハタと顔を上げては(イェン)を見やった。 「……へこんでいたですって? フレイ、あなた……あの子を邪魔に思っていたんじゃないの?」  そう訊くということは、やはり冰に何かしらの苦言を呈したことが窺える。(イェン)も遼二もすかさず真相を聞き出すべくチラリと互いを見やった。

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