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「邪魔に思っていただと? 俺が――か?」
「そうよ! 老黄 ……はともかくとして、その息子? 彼がいつまでもあなたの邸にいるから面倒事が増えたって……」
リリーはほとほと驚いたふうな顔つきで、ポカンとしながら首を傾げている。
どうも様子が変だ。
焔 にしても遼二にしても、もしかしたらこのリリーが嫌がらせでもしたせいで冰が出て行ったのかも知れないと思っていたわけだが、彼女の驚きようを見る限りそうではないように感じられる。
「リリー、そいつはいったいどういう意味だ。俺があの二人を邪魔に思っているなどと――お前さんに吹聴した人間がいるってのか?」
焔 が眉根を寄せながらそう訊くと、リリーは焦ったように表情を引き攣らせながら口ごもってしまった。
「あら、嫌だ……。じゃあアタシったら……滅多なことをしちゃったっていうこと……?」
「滅多なこととはなんだ」
焔 に真顔で迫られて、リリーはタジタジと身を縮めた。
「実は……」
つい先日、冰を訪ねて脅し文句をぶつけたことを暴露した。
「冰を脅しただと?」
即座に険を浮かべた焔に、本気の怒りを悟ったのだろう。リリーは後ろずさる勢いで蒼白となり、胸前でパンと手を合わせて謝罪を口にした。
「ごめんなさいフレイ! アタシ勘違いしてて……。だってあの子がいるせいであなたが恋人との仲に支障をきたしてるって聞いたから」
だから冰を訪ねて身を引くように計らったというのだ。
「誰だ――」
「……え?」
「お前さんにそんなデマを吹き込んだのは誰だと訊いている」
「誰って……」
さすがにそれは言えないわと、困ったように視線を泳がせてうつむく。
「しょ、商売よ……。こっちも仕事として請け負ったのよ」
「仕事だ?」
「あの子をあなたの邸から追い出す代わりに対価を受け取ったっていうわけ……。それに――あなたも困ってるって聞いたから……役に立てると思ったのよ」
「――対価として何を受け取った。金か?」
「……お客よ。太客を数名……」
「太客――だ?」
つい焦ってか、口を滑らせたリリーに、隙を与えることなく間髪追い詰める。一見普段と何ら変わらない穏やかな中にも無言の圧を醸し出すところはさすがにマフィアトップたる所以か――。静かな口調ながらも焔 は続けた。
「――ということは、相手はお前の同業者か」
つまり、リリーを使って冰を追い出すように仕向けた者とは、その対価報酬として自分の持っている太客をリリーに譲ったということになるのだろう。とすれば同じホステス仲間というのは想像に容易い。
とはいえ、リリーもプロだ。相手の名前はそう易々とは口にしないだろう。
「そいつが誰かってのは言うつもりはねえってことだな?」
リリーはもう「ごめんなさい」としか言いようがない。既に太客を回してもらった以上、彼女の口から犯人を聞き出すのは難しいだろう。
「分かった――。ではこれ以上訊くまい。だが、経緯は喋ってもらうぞ」
それが誰かということはどうでもいい。そうなった経緯を詳しく言え――と、視線の動きだけで迫った焔 に、さすがの彼女も堪忍したようだ。
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