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「まあ……確かにな。『白龍(バイロン)』という店に店主が『白蘭(バイラン)』とくれば、(イェン)でなくとも興味を引かれそうな名だ――。では、女はこの地下街でいずれ(イェン)が自分に気付いてくれる機会をずっと待っていたというわけか」  遼二が気難しい顔で溜め息をつく。 「おそらくはその通りかと。彼女は焔老板(イェンラァオバン)のことは年がら年中気に掛けていたでしょうから、そんな中で冰さんをお邸に住まわせた経緯を知ったのでしょう」  表向きは冰を遊郭街から身請けした理由は周焔(ジォウ イェン)の婚約者だからということにしていたわけだが、女は興信所勤めの経歴もあってか、ごく内輪のそんな事情まで知り得たのかも知れない。  冰は少年で、(イェン)とは同性に当たるが、仮にも婚約者などと聞けば穏やかではいられなかったのかも知れない。だが、過去のトラウマから自分で冰を追い出すことができずに、リリーを雇って汚い役目を押し付けたということか。  仮に冰を追い出したことが(イェン)にバレたとしても、直接関わったのはリリーだ。(イェン)に睨まれるのはリリーということになる。自分は何食わぬ顔でいつか(イェン)が店の名に興味を持って立ち寄ってくれる機会を待っていたというわけだろう。 「もしも思惑通りに老板(ラァオバン)がワインバーに来るようなことがあれば、告白などは時期を見てと思っていたのかも知れません」  そして源氏名が白蘭(バイラン)であることから、もしかしたら(イェン)が運命を感じて妻にしてくれればいい。そんな期待を抱いていたのかも知れない。  (イェン)も遼二も何とも言いようの顔で溜め息しか出てこなかった。 「良く言えば一途というのか……その想い自体をどうこう言うつもりはねえが、それにしてもリリーを雇って冰を追い出すとはいただけん話だな。やはり(リー)さんの言うように少々常軌を逸しているとしか言いようがねえ」  遼二が頭を抱え込む。 「このまま放っておけば、いずれまた何らかの手口で冰に危害が及ばないとも限らん。やはり直に女に会って釘を刺す必要があるだろうな」  (イェン)(イェン)でそう考えているようだ。自分が女に会って丁寧に話せば分かってもらえるだろうというのだ。だが、(リー)は賛同できないと言って止めにかかった。 「老板(ラァオバン)のおやさしいお気持ちは分かります。ですが女にお会いになるのは危険です。老板(ラァオバン)が訪ねて来てくれたと、良からぬ方向に気持ちが昂られても困ります。真摯に話したとて諦めてくれるどころか、想いに火を点けるだけでしょう。ここは敢えて接触を取らず、冰さんには学園への送り迎えを付けるなどして警護に重点を置く方が賢明と存じます」  と、そこへ医師の(デェン)兄弟がやって来た。

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