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99 好き
その夜、焔 は冰の部屋を訪れて、今後の警護などについて話して聞かせた。冰は恐縮していたが、それほどまでに大事に思ってくれる焔 の気持ちが本当に有り難くてならなかったようだ。
「お兄さん、僕のような者に何から何まで……感謝の言葉もございません。僕は一生懸命勉強を重ねて、卒業したら少しでもお役に立てるようになりたいと存じます」
一等最初に会った時と同様、胸前で丁寧に手を合わせて腰を折る。そんな律儀な彼に、焔 は言葉では言い表しようのない愛情が湧き上がるのを沸々と感じるのだった。
「冰――『お兄さん』ってのも嬉しいのだがな」
ほら、ん――? と、小首を傾げて催促するように笑む。
「あの……はい、えっと……焔 の……」
「焔 だ」
「あ、はい。焔 ……さん」
どうにも呼び捨てる勇気はないようだが、『焔 さん』ならばまあ許容範囲か。
焔 は冰の頭を大きな掌で引き寄せては、コツリと額を合わせて微笑んだ。
「それでいい」
そのまま額に唇を当てて小さなキスを見舞う。
「あの……あの、お兄……えっと、焔 さ……ん」
突然の小さな口づけに純情な冰はもう茹蛸さながらに頬を染めてモジモジとうつむくばかりだ。そんな彼をこのまま押し倒したい衝動を抑えて、今一度グリグリと額を擦り合わせるに留めた。
「すまねえな。ついお前さんが可愛くてな」
嫌だったか? と訊く。冰はとんでもないというようにブンブンと首を横に振ってみせた。
「い、嫌なわけありません……!」
「――本当に?」
「も、もももももちろんです! い、嫌どころか……う、うううれ……嬉しい……です!」
「そうか? 俺に遠慮する必要はないのだぞ。というより――遠慮されれば俺はそっちの方が残念だからな」
嫌なら嫌だと正直に言ってくれた方が有難いのだ。そう言う焔 に、冰は色白の頬を熟れるほどに染め上げてはうつむいた。
「嫌じゃありません。本当に……嬉……嬉しいです。し、信じられないくらい……嬉しいです!」
「そうか。良かった。俺も軽率なところがあるだろうが、つい可愛い気持ちが先に立ってしまってな。少々スキンシップが過ぎる時があるかも知れんが――すまんな」
「……きょ、恐縮です……! ス、スキ……スキスキスキ……」
「好き?」
それは誠か? といったふうに男前の顔が大きく瞳を見開いて近付いてくる。
「あの……! はい、あの……お兄……いえ、焔 さん……とのスキ……ス、スキンシップは僕もだ、だだだだ大好きです! あ……りがとう……ございます」
挙動不審というほどにパニック状態だが、そんな冰の様子からは言葉通りに決して嫌われてはいないのだろうと受け取れる。焔 はそれだけで心が躍るようだった。
可愛くて健気で純情で――誰にも渡したくはない、決して側から離したくはないほどに心の奥底から温かく熱い感情が湧き出てくるのを感じる。
確かにきっかけは黄 老人の養子を遊郭街から救い出すという、いわば義理人情や恩返しのような感情で動いていたことは認めよう。だが、冰というこの少年に会って交流を持つ内に、その素直でやさしい性質が心地好く思えるなっていったのは事実だ。そんな思いが共に住むようになってから次第に愛情へと変わっていったのだ。
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