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103 不穏再び

 (イェン)の元へその不穏な報告が届けられたのは、(ひょう)の卒業を間近に控えた向夏のことだった。側近の(リー)が少々険しい表情で執務室へとやって来た。 「老板(ラァオバン)、今しがた城壁の検問所から通達が参りまして、要注意人物と思われる男がこの地下街へ潜入したと見られるそうです」 「要注意人物だと?」  検問所には周ファミリーの精鋭が数人、交代で詰めていて、地下遊興街への出入りを逐次チェックしてくれている。むろんのこと、この地下街には裏の世界をはじめとした様々な面々がやって来るわけだから、時折こうした報告が届くことは珍しいことではない。裏の世界に限らず各国の政治家や軍の関係者、中には武器商人などもいる。  そんな中で著名な偉いさんやトラブルの種となりそうな人物が検問所を通った際にこうして(イェン)の元へ報告が来るようになっているのだ。とはいえ、それら重要もしくは危険人物とされる者たちすべてが必ずしも厄介事を起こすとは限らない。例えば裏の世界では悪名高い人物であっても、単に酒や遊郭を楽しむ目的でこの香港随一を誇る地下街を訪れる者もいるからだ。  そうした者たちすべてを出入り禁止にしていては同じマフィア同士として角が立つし、振り分けは難しいところといえる。だからこそ(イェン)が目を光らせながらトラブルを未然に防ぐよう統治しているのである。  現在は親友の遼二(りょうじ)も懐刀として助力してくれているので、(イェン)にとっても非常に心強いことなのだ。  (イェン)はすぐに遼二(りょうじ)にも声を掛け、執務室へと来てもらうことにした。 「それで、どんな人物なのだ」 「はい、どうやら殺し屋稼業で名の知れた男のようです」 「殺し屋だと?」  それはなんとも穏やかではない。 「名はロナルド・コックス。界隈ではなかなかに腕のいいという噂ですが、反面あまり良くない話もチラホラあるようです」 「良くねえ話とは?」 「なんでも金さえ積めば理由は関係なしに仕事を請け負うとかで、常識的に理不尽な依頼でもやってのけるあたり同業者からは金の亡者と軽蔑されている節もあるようです。同伴者は女が一名だそうです」 「ふむ――」  女を連れているということは単なるカモフラージュか、あるいは殺し屋稼業のパートナーという可能性もある。 「とりあえずのところ遊興街のホテル・エドモンドへチェックインしたそうですが――」  エドモンドといえば高級ホテルだ。近隣にはバーやクラブが密集している地域でもある。単なるバカンスとも考えられなくはないが、注視しておくに越したことはなかろう。 「分かった。では念の為、人員を回してくれ。その殺し屋と同伴の女、二人の動きをそれとなく見張ってくれるよう頼む」 「かしこまりました」  手配の為、(リー)が部屋を後をするのを見送りながら小さく溜め息が漏れる。こういった厄介事は珍しいわけでもないが、気重なことには違いない。  そんな(イェン)の傍らでは、遼二(りょうじ)が卓上に地下街の地図を広げていた。

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