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102 男たちの夢
香港、九龍城砦地下街焔 邸――。
その日、同じ邸の別棟に住む遼二 が皇帝・焔 を訪ねて、二人は午後のひと時を家令の真田が用意した飲茶を囲んでまったりと過ごしていた。
「もうあと少ししたら冰 も卒業か。早いもんだな」
遼二 が茉莉花茶 を含みながら穏やかに笑む。
「そうだな。あいつをこの邸に引き取ってからかれこれ一年か――。どうもつい昨日のことのように思えるぞ」
「俺たちも歳を取ったってことだ。月日が過ぎるのが年々早く感じられるとはな」
ここの遊郭街を立て直して以来、毎日が飛ぶように過ぎていったように思う。焔 は相変わらずに地下街の統治で忙しい日々を過ごしていたし、遼二 もまた、紫月 と協力して遊郭街区の治安に努めている。
「卒業したら冰 は黄 の爺さん共々、ここのカジノでディーラーデビューすると聞いているが――」
「ああ。冰 はそのつもりでいるようだ。まあ俺としては、なにもカジノ勤めせずともこの邸でゆっくり過ごしてくれればいいと思っているのだがな」
焔 にとって冰 一人を養うくらいどうということもない。ディーラーとして少しでも役に立ちたいと思ってくれる冰の気持ちは有り難いが、それよりも邸にいて、自分の帰りを待っていてくれる方が嬉しいなどと思ってしまうわけだ。
「だったらすぐにでも娶っちまえばいいだろうに。元々遊郭街から救い出す際にはそうしようとしていたわけだし」
クスッと遼二 は笑う。
「お前さん、一年も共に住んでいて、未だヤツに手を出してねえんだろ? 俺にはそれの方が不思議でならんぞ」
遼二 は焔 の親友だ。彼が冰 をどう思っているかくらい、傍 で見ていれば聞かずとも分かるというものなのだ。
「そういうお前さんこそどうなのだ。あの紫月 と少しは進展してるのか?」
ニヤっと意味ありげに笑みながら反撃開始だ。
「進展って……俺ァ別に」
「隠しても無駄だ。お前さんがあの紫月 にぞっこんだってことくらい見抜けねえとでも?」
「ぞっこんって……」
嫌な言い方をしやがる――と、遼二 はタジタジだ。卓の上に置いてあった煙草に手を伸ばしては深く一服を吸い込んでごまかすのが精一杯。
「――ったく、互いに他人 のことを言えた義理じゃねえな」
ふうと煙を吐いて苦笑する。
「カネ、俺だってまるっきり何も考えてねえわけじゃねえさ。とにかく冰 が卒業するまでは、いろいろな意味で伸び伸びと青春を過ごさせてやりてえと思ってるだけだ」
「青春ねぇ……。お前さんからそんな言葉が出るとはな。つまり、ヤツが卒業したらちゃんと気持ちを打ち明けようってか?」
「まあそんなところだ。冰 はどう考えているか知れねえが、少なくとも俺を嫌ってはいねえと思える。ゆくゆくはあいつを娶りたいと思っているが、ものには順序ってのがあるわけだしな」
「順序――ねえ」
つまり、それだけ真剣に考えているというのが聞かずとも分かる。焔 の中では彼に対する気持ちは既にしっかり固まっているようだ。
「そこまで決めてて未だ手付かずにしてるとはな。冰 だってもう十八歳 だろうが。日本じゃ十八歳 と言えば野郎は結婚が認められてる歳だぞ? 女なら十六歳 で……」
「そういうてめえは二十八歳 、紫月 は二十五歳 だろうが」
とっくに成人を越してるな――と、不敵に笑う。
「ああ、ああ……分かった。もう言いっこなしだ。精進する!」
参ったなと言わんばかりに二人で反撃のし合いっこに苦笑し、互いの想いがいつか実ることを願い合う。そんな平和な午後だった。
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