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「あの女はもう二度とここの地下街に立ち入ることのできない立場にあるということは分かっていたようです。勤めていたクラブを追われ、地下街全体からも出入り禁止を食らったも同然の身です。自分が地下街に入れないのであれば、周老板 の方から地上に出て来てもらうしかない。女はそう思っていたようです」
「俺から地上へ出て行く――? どういうことだ」
「同業の仲間から聞いた話では、あの女は地下街に惚れた男がいると言っていたそうです。それが誰のことかは分かりませんでしたが、手前が手を下すはずだったあの少年と周老板 のご婚姻の噂を知って、女の想い人というのは周老板 なのだろうと思い至ったんです。あの少年のことを殺したいほどに邪魔に思っているというなら、女はおそらく周老板 のことを好いているのだろうと」
その想い人がついには結婚すると知り、だが彼女自身は地下街に会いに行くことすら叶わない。かくなる上は想い人の方から彼女がいる地上に出て来てもらうしかない。女はそう思ったのではないかとロナルドは推測したそうだ。
「殺し屋仲間からの情報で、女が阿片 を扱っている闇ルートの男たちをたらし込んで、この地下街に流そうと画策していることを知りました。地下街に住む人々はもちろん、遊興で訪れる客もひっくるめて阿片 漬けにしようと企んでいたんです。この九龍城砦が阿片 に侵されれば、統治者であるあなたは責任を問われることになる。あなたにここを任せたファミリーからも叱責を受け、もしかしたらファミリーを追放されることだって考えられなくはない。地下街の住民や各国から訪れた客たちからも恨まれることは必至だ。あなたは権力も財産もすべてを失い、様々な人間から報復の対象として追われる身になる。その時になって女が手を差し伸べれば、初めてあなたが手に入ると――女はそう思っていたのだと思います」
ロナルドは男の自分でも思いつかないような大それた発想であると、ある意味驚愕し、空恐ろしいとさえ感じたそうだ。
「とにかく女が本当にそんなことを実行しようとしているのか、裏を取る為に仲間内にも協力してもらい事実関係を調べました。ですが……調べれば調べるほど、あの女はイカれていると思うようになりました。この世の中、手間も含めてクズと言われる人間は五万といますが――あの女はそんな手前から見ても恐ろしい人間です。一見、悪気はまったく無いように見えますが、考えることは常軌を逸しているとしか思えない……! あの女には例えどんな聖人が真心で忠告したとしても考えを改めさせることなんかできやしねえ、そう思ったんです」
この上は自分の死をもって彼女を監獄送りにするしか方法はない――ロナルドはそう決心したそうだ。
「正直……手前があの女を始末すること自体は簡単でした。ですが、女が死ねば万が一にもあなたに嫌疑が掛からないとも限らない。女があなたに好意を寄せていたことを知る人間も多い。当局が調べれば、いずれはあなたにも厄介事が降り掛かるかも知れない……」
それを回避し、尚且つ女の企ても潰すには正攻法で監獄にぶち込むしかない。そういう考えに至ったのだそうだ。
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