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ロナルドを刺したかどで逮捕された白蘭 という女の刑が確定し、重い罪で監獄送りになったという知らせが届くのは、焔 らの婚姻も無事に済んでから半年後のこととなる。
被害者であるロナルドの証言から、白蘭 こと本名・何梓晴 が九龍城砦地下街を阿片 漬けにしようとしていた企てが発覚。その後の詳しい調査で彼女の企てが事実であったことが立証に至る。それにより、殺人未遂に加えて無差別テロの主犯という重罪の刑が課され、生涯外の世界を拝むことが赦されない監獄暮らしが確定。
結局、彼女は何がしたかったのか。
学生時代から想いを寄せ続けた焔 に対しては、一度たりと告白することすらなかったことになる。
あくまで想像に過ぎないが、彼女自身、告白したところで恋が報われないことを薄々解っていたのではないだろうか。想いを拒絶される恐怖は、彼女にとって何よりも辛く、何よりも恐ろしいものだったのかも知れない。それらの恐怖から逃れる為、周囲のありとあらゆる人々や策略を使って想い人を取り巻く外濠を崩し、愛する彼を誰からも相手にされない人生の敗北者に貶めることで完全な孤立状態に追い込み、この世の中で頼れる存在は彼女だけだと知らしめる。その時になって初めて告白する機会を得ることが叶う――と、そんなふうに思っていたのだろうか。
正直なところ大袈裟過ぎて、首を傾げずにはいられない思考回路だ。果たしてそこまで人一人を想い続ける――というよりも執着し続けることができるものだろうかと、常識的に考えれば理解されないことの方が多かろう。
今となっては彼女が何を望み、何を望まず、どんな未来を思い描いていたのか――誰一人として知る者はいない。また、この先も彼女を真に理解する奇特な存在が現れることもないのだろう。
以前、焔 が冰 に想いを打ち明ける際に尋ねた言葉が思い返される。
お前が何を望み、何を望まないのか、立場や遠慮という壁を超えて心の中にある正直な気持ちを聞かせて欲しい。
焔 はその答えに対して、例えそれが自身を落胆させるものであったとしても、真正面から真実を受け止める勇気を持っていたに違いない。
また、冰 にしても然りだ。焔 に大切な女性がいると言われれば黙って身を引き、皇帝邸を後にした。その後も愚痴を言うことなく、誰を恨むこともなく、自分がカジノのディーラーとして働くことで少しでも焔 の統治するこの地下街にて役に立とうと考えた。
白蘭 にもそのように真摯な心があったなら、そして自身の夢が破れる残念な結果が待っていたとしても事実として受け止め、想いを諦め、相手の幸せを願う。そんな勇気のかけらひとつでもあったなら――結末はまた違ったものになっていただろうか。
人の気持ちを大切にし、人との絆を大事に育んでいく焔 とは真逆の生き方をした女。
彼女は最初から焔のような人間の隣に立って人生を歩む資格の無い存在だったのかも知れない。
世の中には到底理解し得ない――そんな考え方や生き方をする人間も存在するのだということを、身をもって体験させられた焔 や冰 にとって、白蘭 という女がもたらしたこの奇妙な経験がこの先の永い人生の教訓となり、見識とならんことを願う――そんな出来事であった。
こうして一旦は平穏を取り戻した九龍城砦地下街に、白蘭 というサイコパスの怪物が残していった新たな火種が燻り始めることになろうとは――この時の誰もが知る由のない未来が待っているのだが、それはまた別の話である。
第三章 - FIN -
※次回からは6回に渡り、小話2エピソードを投稿いたします。焔と冰の祝言にまつわるコメディふうのほのぼの話です。
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