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126 三日夜餅
それは焔 と冰 の結婚式が明日に迫った日の昼下がりのことである。
男遊郭街の紫月 を訪ねて冰 がやって来た。
「冰 君! いよいよ明日 だな!」
式の準備で忙しいだろうにわざわざ訪ねてくれたことに恐縮しつつ紫月 が出迎えたのだが、どうにも冰 の様子がおかしいことに首を傾げさせられる。モジモジとして、何か言いたげにしてはいるものの、なかなか言い出せずにいる――冰 からは何やら複雑な思いに悩んでいるような素振りが見受けられた。
(まさか――今になってマリッジブルーとか?)
紫月 は心配の心持ちに陥ったのだが、直後に冰 から飛び出した悩みの原因を知って、思わず吹き出しそうにさせられるとは思ってもみなかったのだった。
「あの……紫月 兄様。ご、ご教示いただきたいことが……ございまして」
「俺に? ご教示とはまた! まあそんな大層なこたぁ教えられねえかもだけど、俺で良けりゃ何でも遠慮なく聞かせてー!」
「はい、あの……ありがとうございます。こんなこと、兄様にしか相談できなくて」
じいちゃんにも訊けないし、もちろん亭主となる焔 にも絶対に言えないことだというのだ。
「皇帝様や黄 の爺ちゃんにも言えねえことって……。俺で役に立つなら喜んで聞くけどさ!」
「あ……りがとうございます。それでは遠慮なく……」
冰 の顔色は真っ赤になったり、かと思えばうすら蒼くなったりと忙しい。察するによほどの悩みでもあるのだろうか――そう思って顔を覗き込む。
「実は昨夜、焔 さんからお餅をいただいたんです」
「……餅? って、あの食う餅のことか?」
「はい。とても綺麗な御三宝に乗せられてて……結婚式の日まで毎晩お餅がいただけるそうなのですが」
「――? ってことは、今日と明日も皇帝様から餅が届くってこと?」
「はい。三日夜 のお餅という日本の古い時代のしきたりにちなんで、焔 さんが気遣ってくださったそうなのですが」
「ああ! 三日夜 の餅か! それって平安時代とかの貴族が結婚する時にどうのこうのっていうやつだったような……。有名なのは源氏物語とかで書かれてるとか聞いたことがあるなぁ」
「はい、そのようです。焔 さんのお話では実際にあったしきたりとは少し違うそうなのですが、僕は日本人だし、日本古来からのしきたりにちなんでそういうことをするのも大事だろうと贈ってくださったそうなのです。それで……結婚式の夜に一緒にお餅をいただいて、晴れて夫婦になるのだと焔 さんが……」
なんとも情緒豊かな話に、紫月 は思わず感心させられてしまった。
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