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129 式明けて翌日の初々しい二人
結婚式も済んだ次の朝のことである。
朝食の席では焔 と冰 がいつものように向かい合って座り、家令・真田 によって甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。
「坊っちゃま、冰 さん、昨夜はよくお休みになられましたか?」
式の後でお疲れになったでしょうと、普段にも増してやわらかな笑みを向けてくる。
「ああ、お陰様でな」
焔 はさすがに落ち着きのある声でそう返し、一見普段と何ら変わりはないように見えるものの、その頬にはわずかに朱が差している。相反して冰 の方は熟れた林檎のように真っ赤っ赤だ。俯き加減で上目遣いながら、明らかに照れていてモジモジと落ち着かない。そんな新婚夫婦の様子を微笑ましげに見つめながら、幸せいっぱいといった調子でリズミカルに世話を焼いてくれる真田 の瞳はニコニコとしていて、これ以上ないくらいに細くなっている。まるでご無事に初夜をお過ごしなされましたのですな――とでも言われているようで、特に冰 などは穴があったら入りたい心持ちにさせられてしまうのだった。
「冰 、ほら。かけるだろ?」
出されたばかりの卵料理を前に、塩の入った洒落た器を差し出した焔 の指が、受け取らんと伸ばされた冰 の手に重なった。
「あ……! りがとうございます」
「ん――いや、すまん」
重なった手と手をパッと離して互いに頬を染め合う。初々しいといったらこの上ない。
冰 はともかく、焔 はすっかり大人の男性でいて、生まれてからこのかた裏の世界で育ってきた堂々たる彼が、今はまるでウブな少年のようだ。
「し、塩で良かったか? 醤油もあるが――」
「いえ、はい! お、お塩で……」
「そ、そうか。うん」
「お、お先にすみません……。焔 さんもお塩で……?」
「あ、ああ。いただこうか」
「ど、どうぞ」
「うむ、すまんな」
二人して何をやっているんだと突っ込みたくなるような初々しさに、側で見ている真田 の目も一段と細くなる。そんな微笑ましい朝だった。
◇ ◇ ◇
その日の午後、隣に建つ遼二 の邸を訪れた焔 の足取りはいつになく逸っていた。
「ん? おお、焔 じゃねえか」
「あれえ、皇帝様!」
遼二 のところにはちょうど紫月 が遊びに来ていて、二人で午後の飲茶を楽しんでいるところだったようだ。
「皇帝様、この度はおめでとうございます! ってか、お一人ですか?」
冰 君は? と、紫月 が飲茶のシュウマイを口に放り込みながら小首を傾げてよこす。
「うむ……冰 は邸で真田 と茶の最中だが」
「そうなのか?」
一緒に連れて来ればいいのに――と、遼二 も不思議顔ながら、まあとにかく座れよと椅子を勧めてくれる。
「茉莉花茶 でいいか?」
「ああ――。そんなことより……おめえらにちょいと訊きてえことがあるのだがな」
声音は若干ムスッと不機嫌のようでいて、頬には朱が差した焔 がドカリと腰掛けながら口をへの字に結んでいる。
「訊きてえこと?」
遼二 もまた、まるで悪気のなく飲茶をつまみながら焔 の前に茶の入った碗を差し出す。
「おめえら――冰 に何を吹き込んでくれた」
「――え?」
「藪 から棒 になんだ。俺らが何をしたって……?」
「とぼけるな。……おめえらが冰 に教えたそうじゃねえか。お陰で俺ァ……昨夜……」
そこまで言い掛けた焔 の頬はみるみると赤くなっていく。その様を見てようやくと理由を察したのか、遼二 と紫月 はハッとしたように互いを見やった。
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