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数刻前、周焔 邸――。
焔 は手下を引き連れた羅辰 の息子という男と対峙していた。名を羅鵬 というらしい。
「周焔 、これも己の身から出た錆だと後悔することだな。お前さんを好いていた女、白蘭 ってのはなかなかにいい女だったそうじゃねえか。意地を張らねえで女の意を受け入れ、一度や二度抱いてやりゃあ良かったものを」
そうすれば地下街を阿片 漬けにしようなどという恨みを買うこともなかったろうに――と、顎をしゃくる。
「俺の親父、羅辰 はお前らにここを追い出されたことで組織から酷え仕打ちを食らう羽目になったんだ! 無惨と言える虐待を受け、罵られて尊厳のすべてを失った。当然か、組織を放り出されて……あのまま放置されれば死は確実だった……! 寸でのところでこの俺が救出したものの、虐待の恐怖から親父は頭がイカれちまって、今じゃ廃人同然だ。いつかこの地下街を丸ごと乗っ取っておめえらに報復できたなら、親父の無念を晴らすことができると思ってきたが――そんな時にあの白蘭 って女の企みを耳にしたんだ」
だが、当の白蘭 はロナルドを刺したことで当局に逮捕されてしまった。
「バカな女だ。というよりも所詮は女の浅知恵だったと言うべきだな。つまらねえ傷害事件なんぞ起こして、監獄にぶち込まれるとは道化もいいところだ。せっかくだから女が伝手 をつけた麻薬密売人共を俺が使ってやろうってことになったわけだ」
男は父親の報復方々この九龍城砦地下街のすべてを乗っ取ることにしたのだと言った。
「周焔 、本来だったらおめえを筆頭に俺の親父を陥れたヤツら全員をあの世に送ってやるつもりだったが――考えを変えた。お前たちには生きたままこの俺の下で生き地獄を味わってもらった方が親父も溜飲が下がることだろうとな。それに――」
何より地下街の住民たちは皇帝・周焔 の下でなければ商売を畳むとまで口を揃えている。地下街を乗っ取ったところで働く者がいなくなれば空の宝箱を手に入れたも同然。何の意味もない。
「実際――お前は大した男だよ。住民すべてに信頼を得ていて、誰もがお前の下じゃなきゃ動かねえときたもんだ! 皇帝なんざ呼ばれていい気になってる能無しと思いきや、それほどまでに民から崇められていたとはな」
せっかくだからその多大な信頼というのを逆手に取って、上手く利用させてもらうことにしたよ――と、羅鵬 は苦笑した。
「お前にはこれまで通り″皇帝″として地下街のヤツらを統治させてやる。ただし、儲けた銭はすべて俺の懐に入ってお前らに行き渡ることはない!」
この条件を飲めねえというなら、地下街を焼き尽くして灰にしてやると男は嘯 いた。
「当然だが、この邸も出て行ってもらうぞ。お前を慕う民共と一緒に仲良く居住区で慎ましい生活を送ればいい」
命を取らずに生かしてもらえるだけで有難いと思え――羅鵬 はそう吐き捨て、皇帝邸には勝ち誇ったような男の高笑いが轟き続けたのだった。
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